2018年03月31日

[116] 体系化学・演習篇テキスト 完成&大リニューアル

漢文句法ドリルテキストの脱稿後に入れ込んだ事柄は、
通称「体系化学 Cement&Dril」という演習用テキストの完成である。
すでにどこかしこで述べたように、『体系化学』にある21+1回の演習問題は、
元々2倍の量があった。これを出版に当たって二分割し、半分をGHS内の授業で
演習用につかってきた。年々歳々、追加修正を重ねてきて、
整理統合の必要性を感じていた次第。

さて、『体系化学』の読者であれば常識であろうが、
化学は文科省的に「理論」・「無機」・「有機」に分かれるのではなく、
定量化学と定性化学に分けられるもの。有機・無機の各々に、
定量と定性の面があるわけである。
(これを受験生の俗には「計算問題」と「知識問題」と言ったりする)
その定量の方を主として、体系的な筋を通したのが『体系化学』の主コンセプトである。

すると、当然に2つのことが課題として上がることになる。
第一に、定性化学として、体系的な筋を通すとどうなるのか?
この点をここ数年の授業を通して問題のセレクトとその配列の妙を追究してきたわけである。
それは同時に、定性化学の体系的なフレームを形成することになった。
とはいえ、今回のテキストはあくまでも演習テキストであるので、
それをもとに語られない限りその姿はない。
・・・もっとも、参考書として書くつもりも暇もないが、しかし、
やっていく内に、解答・解説が高じて、文章データが膨れていくかもしれない。
そうやって『体系化学』も現れ出でたわけだから。

第二に、体系化学演習の問題集は、定量と定性をどうか扱うかである。
今回の演習編テキストは、2冊同時に脱稿となった。
「体系化学C&D 定量化学篇」テキスト 112ページと、
「体系化学C&D 定性化学篇」テキスト 248ページである。

これには、2006年から2018年までの13年分のセンター試験の問題のすべてと
私立医学部入試の良問を取り込んである。その意味で、従来の内部テキストから大幅にページ数が増えた。
・・・この一ヶ月、「ゆとり」から「先祖返り」へ(ここ数回のブログ参照)の10数年を
センター試験の出題を通して歩き直してみたことである。

センター試験化学の範囲が拡大し、そのまま私立医学部の学びと重なるにおよび、
センター試験の30数年分の蓄積は、化学のあらゆる範囲を万遍なく問うことのできる
「良問の森」(?)が形成された感がある。
かつての共通一次・センター試験では、問題作成範囲が限定され、
そのまま私立医学部の対策に資することはできなかったが、いまや、センター試験の学びが、
私立医学部受験のチャンネルを増やすことにもなっている。

今年のGHS生は、化学の学びを、定量と定性という二本柱を相互に行き来しつつ学べるという
特典が与えられるわけである。

本年は30数名の総人数少数ながら、実数で10名余の医学生を送り出した。
にもかかわらず、ますますパワーアップ。
・・・・・・同じことをやっていると私自身が飽きてしまうので・・・
泳ぎつづける、登りつづける、掘りつづける。
さて、来週4/8は開講に先立つ恒例の「プレ講座」(実質、フライング講座である)で、
新しい顔とファースト・コンタクトを果たすこととなる。
今年も、もっと、愉しませてくれよ〜!!
posted by Koujin Amano at 19:33| 体系化学

2018年03月03日

[115] 次年度計画、早くも確定!!

満席! 満席!! 春事異聞
 GHSのHPにて周知のことと思われるが、昨年、募集締切が
最速の3/15であったという記録を彼方に追いやるごとく、
総人数が35名という少人数とはいえ早くもほぼ定員一杯となり、
新規募集は一時打ち切り、塾長面談は受付停止状態となっている。
国立前期の発表もまだ・・・春まだ浅いというのに。

今や、GHS昼間部は理系オンリー、医歯薬志望者のみという
状態となっている。私立医学部の難化に一層の拍車がかかり、
ゆとり教育とやらは遥か彼方、受験生が戦って勝てる武器をもつしかないと悟り、
本物志向に目覚めたということであろう。ネット時代がそれを後押ししている。

GHSは、他の同業者の威勢のいい美文宣伝とか、
どうにも胡散臭い高合格率宣伝とは一線も二線も画し、
実際のテキストまで惜しげも無くしっかりと公開し、
(・・・公開しても簡単には追随はできないとの自負があるからであるが・・・)
このメソッドに「共鳴したものだけ来て欲しい」というスタンスである。
しっかりと教育内容まで吟味して、決断してきてくれる生徒ばかりだから、
断る理由がなくてどうしても、申し込み順になってしまう。
GHSは、1993の開校以来、時々の風潮がどうあろうと、
指導要領や試験制度がどうコロコロ変わろうが、
符合も迎合もせずに、受験のあるべき姿を追究してきた。
それだけであり、不遜な言い方をすれば、ようやくにして
「時代がそ本物を求めるようになってきた」にすぎない。
もちろん、GHSにとってそれゆえ不遇の時期、生徒集めに苦労する時代も
あったことを付記しておきたい。

次年度カリキュラム
 そんなこんなで、昨日、一ヶ月ぶりにGHSを訪ねて、
今年の生徒の戦いぶりと嬉しい成果を知り、さらに、
次年度のカリキュラム・時間割の概要を決めてきた。
これも例年より一ヶ月早い動きである。
要点だけ記しておくと、来年度は私は基本的には体系物理の授業から
手を引く、というか次世代の英才に完全に任せることにした。
おそらく関わるとしても夏期講習などで、テーマを選んで
「特講」を好きなようにやりたいようにやる、というだけになろう。
その空いた分は、もちろん第一に予告どおり漢文の市川モードにスイッチし、
新たに創作したテキストで、新たな企てをする(漢文ブログ参照)ことにした。
また、物理をやらなくて済む分、集大成段階にきている化学アドバンス演習が、
さらなる衣装をまとって登場することになるだろう。

開講まであと一ヶ月余、さて、次は何に没頭してみようか。
posted by Koujin Amano at 21:50| 体系化学

2018年02月24日

[114] センター試験 大きな弧を描きて

昨今のセンター試験の、つまりは・・・
 前回、共通一次試験からの流れを概説しておいたが、
その結論は、理系の理科に関しては、
     「センター試験用の勉強は不要なり」
という逆説的なものであった。
その理由を物理を例に、端的に述べれば、
センター試験のための範囲制限 (かつての物理Iなど)がなくなり、
出題範囲は「物理全体」となったこと。
マーク式と記述式の違いがあるだけで、「やや難+標準+易」とりまぜた、
バランスセットとなっていること。
したがってこのままマーク式の私立医学部の入試とならべても遜色ないこと。

かつては、平均点を揃えるために「センター試験らしい問題」と揶揄された、
「文系にも解けるように」と配慮した問題作りが姿を消した。
文系と線引きしたことにより、遠慮なき「ふつうの理系の物理の問題」となった。
しかも、選択式であるから、キチンと答えがでるように、数学的にも、使用文字にも
配慮がしてあるので、むしろ、適切な演習問題素材となっている。

これはすなわち、まともに物理を学んで、記述式の答案をつくれる実力を涵養することを
第一義とすればよいということで、センターだの私大だの、二次だのいわなくても、
物理全体をまともにやればよい、という環境になってきたのである。

こういう話をすると、共通一次より前の世代の方なら、あれ?と思う起こすかもしれない。
一次試験がマーク式で、理系は、物理や化学は全範囲、社会も選択する必要がある・・・

大きな弧を描きて
なんだ、これは、共通一次試験導入の前に、東大が独自でやっていたのと同じじゃないか?
・・・私も知らないかつてだが、東大入試にはその昔、選択式主体の一次試験があり、
センター試験と同様に、理系でも国語や社会も選択必須、理科二科目は全範囲、
それを突破すると、二次試験が受けられる、という独自の2段階選抜であった。
現時点から、30数年前を見遥かしてみれば、なんのことはない、
センター試験は大きな弧を描いて、かつての東大2段階選抜入試スタイルへと回帰したのだ。
もちろん、数学や理科には、文系・理系での区別がなされていた。

そもそも「共通一次試験」の「共通」たる所以は、
「文系理系を問わず高卒程度として共通の・・・」という点にあったから、
理科科目は、全範囲にするわけには行かず、そのため全体を共通試験用に分割して、
たとえば化学IとIIとし、文理の共通部分をつくったのである。
(ならば世界史や日本史も分割してもよかったが、歴史だけにさすがに分割できず、
こちらの対応は今に至るまでない。理系は「基礎日本史」とか「基礎歴史」にして、
中学歴史+αのような科目にすれば、理系の学力の底上げもできようかと・・・。
今ようやく、わずならがらそういう動きもあるようだが・・・・。)

文系・理系の区別なく共通の試験をという大義が、試験制度をぐらつかせてきたと言えよう。
「文系でも化学や物理で点が取れるように、問題をセンター試験らしく(易しく)する」
それでもだめならと、「IとIIの線引きを変えて、センター試験の範囲を絞り内容を希薄にする」
・・・これらは「ゆとり」という隠れ蓑の下で、正当化されてきた結果、
一時は、化学の計算問題がほとんどつくれないような所まで骨抜き状態の苦しい(貧しい)出題内容だった。
これは逆からいうと、理系が理系として試されていないという意味で「悪平等」といえる。
「共通」の意味を履き違えた結果の不平等であることに気づくのにどれほどかかったか。

遅きに失したかもしれないが、とにかく「ゆとり」の時代からの掌返しの反省期に入り、
少なくとも、理科科目は、理系にとっては手応えのある、実力勝負の出題となった。
文系のことなど考えなくて良いから、私立医学部でも採用したくなるような
難易度と範囲の試験となった。だから今は、センター試験利用で医学部に入れる定員枠が
各私立大学にある。国立志望者でこのルートから私立医学部に入ったGHS卒生も少なからず。
各大学がオリジナル問題を作成・採点する労力と人材の不足から、
やがては私立医学部を中心に、「国立・私立共通試験」となるやもしれない様相である。
文科省も(林くんも) 新たな「共通」の意味を見つけたり、でいいのではないか。

自分らの受験時代は、心のどこかで「センター試験用の理科や数学」といった色眼鏡をかけ、
それなりの対策をする、ということに時間を割いたものであるが、今は昔、
理科科目が先駆けとなって、そのうち、センター数学に数IIIまで出る本格的な「理系数学」が
登場するのではないか。それでいいではないか。理系なのだから、「ゲタ」はいらない。
逆に、英語はセンター試験から外していいだろう。
英語という語学と、英語という科目は違う。
今のような語学レベルの英語の試験なら、民間資格試験で十分代用できる。

もっとも、国語は文理共通でよい。「共通」という概念を貫くべきはここしかない
それで十分ではないか。理系用の国語などつくって甘やかしたら、
まちがいなく理系としてのレベルが下がる。国語につよい理系こそ本物である、
・・・という姿勢は(GHSを見倣って ⌒-⌒; )堅持すべきである。

そもそも、理科科目のように、文理で区別すべきところを「共通」としたことに
根本矛盾があり、30余年の紆余曲折を経て、ようやく「答え」に辿り着こうとしている。
その意味でも、化学も物理もセンター試験での高得点目指すことと、
GHSでの各科目のまっとうな学び、体系的な学びとがさらによくシンクロするはずだ。

私立医学部志望者も同じ学びでよい。センター用の物理化学もなければ、
私立医科学部用の物理化学もない、そんなバカげた「対策」商品が流通した受験界でも
ようやく浄化作用が働くのではないか。
posted by Koujin Amano at 14:56| 入試制度

2018年02月13日

[113] センター試験 難化(上等)×2 共通一次世代へ

 今回は、受験生というよりはその親御さん、
つまりは50代、かつての共通一次試験世代の方々に、
現今のセンター試験の消息をお伝えする形で、今年のセンター試験を
振り返ってみたいと思う。

共通一次 事始め
 今を去ること30年以上前のこと、センター試験の前身である
共通一次試験を受けたのは昭和54年卒(1979)の世代から10年間である。
その初回を受けた「ランドマーク」でいうと、林芳正・現 文部科学大臣、その人である。
彼は共通一次初年度の受験生なのである。なんでそんなことを知っているかといえば、
林くんは私の出身校である山口県立下関西高校の「先輩」だからである。
本題からそれるが、林くんは極めて優秀で、現役で東大文一に合格。
「共通一次の数学なんて、200点当たり前でしょ」と‘公約’していた、と。

 それはさておき、諸々の批判渦巻いた共通一次試験の創成期に受験生であった
親世代は、子供たちが受験期となっている頃である。
今のセンター試験のあり方、特に昨今のセンター試験の変化は、
かつての共通一次のイメージとダブる点とまったく異なる点が混在する。
我が子を取り巻く受験環境を正しく理解してあげる一助になれば幸いである。

センター試験は「適性試験なり」
 もっとも、試験全体に触れるのは荷が重いので、理系、医学部受験生にとっての
今のセンター試験という点に絞って話をしたい。
 さて、平成2年から後は、「センター試験」と名称を変え、
日程や内容やルールを変えつつ、色々な批判をかわしつづけて今に至る。
 ちなみに、私は平成元年入学なので、最後の共通一次を受けたことになり、
前回書いたように、そこから5年ほどしてGHSにかかわることになるから、
共通一次から今のセンター試験までをほぼ絶え間なく見てきたわけである。

 実は、共通一次試験の当初は中々難しいというより、厳しい試験であった。
スタートは5教科7科目で1000点満点という形であった。
これは、文系も理系も、理科2科目、社会2科目を選択しなければならないという
今にして思えば ‘無謀’と思える スタートであった。
「難しい」というより「厳しい」と言ったのは、文系にとっては理科が、
理系にとっては社会が、相当な負担となっていて、
理社に注力すると、英国数が手薄になり点数が伸びず、またはその逆という、
如何ともし難いジレンマがあり、科目数×知識量=膨大であるため時間が足りず
    「全科目を揃えるのは至難の技」
なのであった。したがって800点=8割越え自体が難しく、
東大・京大では850点越えが目標。
医学部となれば900点=9割が目標であった。

 その後、「共通一次導入はかえって負担増である」との批判を受けて
理社を一科目に減らしてみたり、現代社会や理科Iとか基礎理科とかいう
寄せ集め的科目をつくってみたり、日程を複数化して試験機会を増やしてみたりと
様々に変更されてはきた。しかし、すでにお気づきのことと思うが、
    「国立医学部合格のためには9割が目標」
という一点は、実は昔も今も変わりがない。平均点や負担がどうのこうのというのは
全体統計の問題であって、国立医学部という狭き門を争うような高学力層にとってみれば、
センター試験の小手先の変更など関係ない!!、
どんな状況でも9割とれ!! ということなのである。
したがって、現今のセンター試験900点満点では、800点越えが
      医学部への第一扉
となっている。その意味に限れば、共通一次とセンター試験は、
よくできたシステムである、と言えると思う。
生徒には、90%の意味をこんなふうに説いている。
「人間はミスをするものだから、完全ということはありえない。
 医療でもミスは許されないが、0にはできない。
 だから、ミスが起きてもすぐに察知され、事前に修正できるような
 セーフティーネットが必要だ。医療は医師単独でやるのではなく、
 チーム医療である。だから、一割のミスなら周りに気付いてもらえて、
 ミスとして顕在化しないで済むもの。だが、2割もミスするようなら
 周りもカバーはできない。それが医学部は9割という意味だ。
 センター試験ごときで2割もミスするようなら、
 医師としての適性は怪しい!! ということなのだ。」と。
そういう意味で、センター試験が最低85%取れないようなら、
国立医学部は潔く諦めるべきだし、そもそも出願先が存在しないのだから。

センター試験の「難化」とは
 国語・英語・数学に文系理系の違いはないので、物理と化学について述べよう。
昨年のセンター試験後のブログで、「難化上等」といった意味の主眼は、
「ゆとり」と称する骨抜き教育時代の、スカスカの物理・化学の試験から、
ようやくまともな出題をするような時代に戻った、ということにあった。
学び方が問われる、ごまかしが効かない、まともな学力を身につけた者だけが
高得点を得るという意味で、「まとも」なのである。
つまり、物理も化学も勉強の質で差がつくようになってきたことを歓迎しての
「難化上等」ということであった。

 しかしながら、今年更に感じている物理・化学の「難化」は、
昔の共通一次時代と異なる点がある。
共通一次の時代は、理科は、「化学I」「化学II」というように分かれていて、
Iが共通一次の範囲、I,II合わせて2次試験の範囲という了解であった。
だから、当時文系であった私も、物理Iと化学Iの選択をした。
その後、センター試験へ、そしてゆとりの時代となり、Iの範囲が縮小され、
IIへと追いやられてしまい、ある予備校の化学の講師は
「範囲が狭すぎて、計算問題もつくれやしない。問題にすることろがない」
との嘆きも聞かれたほどに、スカスカの試験であった。
こんなレベルなら、学習メソッドなどはどうでもよくなる。
暗記でも詰め込みでも格好はつく。
・・・・・そんな時代の真っ只中ではあったが、そんな風潮に迎合することなく、
GHSでは教育メソッドの探求と創造をつづけていた。
『体系化学』は2008年に世に出したが、そこに至るまで、GHS内部では、
小手先の暗記ではない、本物の実力をつける教育を一貫してやっていた証左である。

今のセンター試験の厳しさ
 かつての物理I、化学Iを学び、共通一次試験を受けた親世代にとって、
今のセンター試験の物理・化学をみると「驚愕の事態」かもしれない。
というのは、まずもって理科は、実質、文系と理系に分かれている
これはまったく正しい方向である。
(だったら、理系向けに地理基礎とか日本史基礎をつくるべきだが・・・)

 問題は、理系の「化学」や「物理」である。
この試験範囲は、かつての物理I,IIとほぼ同じであり、要するに全範囲である。
理系用に理科試験をつくったので、全範囲となったのである。
だから、「一次試験」といいながら、「二次試験」と範囲は重なり、
かつ、中堅私立医学部の試験(もちろん全範囲)とほぼ遜色ないものになっている。
だからこそ、私立医学部では、センター利用の定員を設けることが可能なのだろうし、
むしろ、そういう要請からこのような試験になってきているともいえよう。

 なんのことはない、いまや少なくとも理科において「一次試験」はない
というのが結論である。
取捨選択することなく、全範囲を、記述式でもキチンと解けるくらいの力をもたないと、
センター試験も私立医学部も突破できない、という状況である。

・・・実際、GHS長野校は、個別指導がメインなので、センター試験の物理の
演習にもべったりと付き合っている。
各予備校からでている、センター模試問題集を揃えると20数回分の演習ができるが、
どれもこれも本格的で、よくできていて、楽しい問題ばかりである。
これって、「体系化学」「体系物理」テキストに準拠しているんじゃないの?と
冗談(≒皮肉)の一つも言いたくなる。
キチンと答えがでてしまえば、選べばよいので、正しいとわかる点は精神的に楽でよいが、
その背景には、キチンと立式して解くという修練を積んだ実力が必要で、
でないと正解にたどり着けないようにできている。
つまり、センター試験高得点のためには、かつてのようなセンター試験用の勉強は要らない
という逆説である。

まあ、最後に、ちょっとばかりの自慢だが、そんな難化したセンター試験ではあるが、
今年のGHS生の平均点は、物・化ともに80点越えであった!! 
時代がようやく、本物を求めるようになった、きっとそういうことなのだろう。 
posted by Koujin Amano at 23:12| 入試制度

2018年02月01日

[112] 今年の目標 は‘ 天野光信の ’卒業'

 化学、そして物理...それから
 私がGHSで化学を教えるようになった頃のこと。
当時私は医学部の5年生。といっても再入学だから30過ぎた頃か。
GHSが昼間部生をとる「予備校」となってから2-3年だったか、
我が東大武道系サークルの「顧問」(という肩書き)であった村田代表から、
部の方に打診があり、
「化学の講師はいるのだが、その補助として教えに来てくれる学生はいないだろうか」と。
全学のサークルなので四年生で卒業していくのだが、私は5年生でもつづけていたこともあり、
役職は「助監督」であり指導する立場にあった。部員は50〜60名はいたであろう。
部員たちが皆で話合った末の結論が「助監督を推薦します」!(◎_◎;)というもので、
当時の監督から「部員の総意」ということで私が派遣されることになったわけである。
「お前ら、これだけ東大生いるんだから、よりにもよってなんで忙しいオレの背中を押すんだ!!」
と苦笑いしたが、振り返ってみればそれがその後GHSに長くかかわるようになる端緒だった。
・・・・・・『体系化学』も『漢文解析』もそこから始まったのであるから、
当時の後輩たちの「英断」( ´ ▽ ` )ノ に今更ながらも、感謝するべきだろう。

私は医学部を卒業してもすぐに臨床にすすまず、大学院に進んだので
GHSはそのまま継続することとなったのだが、気がつくとメインだったその講師は去り、
私が化学のすべてを任される講師として教壇に立っていた。こちらは「生徒の総意」である。
(もっとも、正確にはGHSの教室はフラットなので「教壇」はない)
大学院生としての5年ほどの間は、体系化学への模索と実践がつづくのであるが、
物理への関わりが生まれる。それもまた、物理ができるはずの東大理学部の院生の講師が、
「物理がわからないものの気持ちがわからない」つまり、できるが教えることはできない、
という事態となり、やはりまた「生徒の総意」で、物理の個別的指導からはじまり、
やがて気がつけば、自然な成り行きで物理の授業をするようになっていた。

10余年後、体系化学、体系物理という形になっていく道はこうやって始まったのである。

 化学・物理...いや実は 
 このように、GHSで化学や物理にかかわるようになったのは、わたしにとっては状況の産物、
成り行きとしてこういう結果になったにすぎないといえる。
実のところ、わたしがもっとも好きで、得意で、得点源であったのは英語である。
すでに、京大の経済学部に入る時点で、受験英語レベルはかなり極めており、
やるものがなくなって、英語の講師のすすめで英検一級の問題集をやっていたくらいである。
だから、「やりたいのは英語」なのであるが、「やるべきなのは理科」なのだった。

そして世紀が改ままらんとする2000年、大学を離れ、さらに東京を離れ、信州の地で、
ようやく医師としてのキャリアをスタートすることとなった。
そう、これもいろいろな偶然の出会いと状況の産物で、長野行きとなった。
自分が選んだのではない。たまたま、そこでやってみないかというオファーがあっただけ。
だから「なぜ長野なの?」という質問をよくされるが、
 実際、長野には縁もゆかりも、親もツテもない。
下関、京都、東京と暮らして、次に長野になった、というにすぎない。

ただ、こうやってみるとGHSでの理科についても、住処にしても、
自分から手を挙げて選んだのではないくせに、その中で幸せを感じることができるのだから、
呑気というかお得な資質(たち)なのかもしれない。

ただ、長野に来てもいいと思った理由の一つは、大学生の時から夏合宿といえば、
ほぼ信州のどこか山の中での合宿であったから、親近感があったからとはいえる。
でも、そんなのは、どんな大学のサークルだって同じだ、といえばそうだ。

長野がよい、と思ったもう一つは、新幹線と高速道路が通じていたということが大きい。
長野オリンピックのおかげで、両者が長野とつながった。
つまり、GHSをつづける条件があったことだ。この時期になると、GHSでの時間は、
わたしにとっては代え難いものとなっており、ここで'卒業'する気などさらさらなかった。
もし、オファーが長野市ではなく、松本市であったなら、もしかしたら断ったかもしれない。

かくして、週末は長野から東京へと通うスタイルがそこから10年余にわたってつづくことになる。

今年の目標 は‘ 天野光信の ’卒業'というのは
 といっても、GHSからの卒業ではない。天野光信の'卒業'である。
2008年の『体系化学』の時には、文字通り孤独な行軍であった。
GHSの独創のメソッドゆえに、指導者レベルでは、誰もわかってもらえる人がいなかった。
そして、another decade……
村田代表のブログにも取り上げられたように、体系化学、物理の薫陶をうけたGHSの卒生が
各分野で活躍するだけでなく、GHSでも教えることをつづける人材が得られるようになった。
かつて、「化学は講師ごとに教え方、解き方が違うものだ」と嘯いた化学の講師がいたが、
GHSの化学も物理も、ほぼ技術化されているので、誰が教えようが、解き方は同じになる。
そこに、各人の個性とオーラを被せればよいだけだ。

昔どこかで、「天野の化学」というような言い方は、受験参考書にはつきものではあるが、
わたしは絶対にイヤだ、というようなことを書いたと思うが、化学や物理という知識を
法則を発見したわけでもない者が、自分の名前を冠するなどあってはならないということなのだが、
さらにいえば、わたしの手を離れたとしても、志ある者が十全に受け継いで行けるだけの
体系化と技術化を果たしたと思ったからである。

これらの意味を込めて、できるだけ化学も物理も、後進に任せたい、好きなようにやらせたい
と思っている。関わりは必要最小限でいい。「補助」でよいのだと思い定めている。

だって、かつて、GHSで好きなようにやらせてもらえたからこそ、
従来のあり方、すなわち、「常識」・「常道」・「定石」にとらわれることなく、
自由な創造ができたのである。
それを常に見守り、支えていただいた村田代表の懐の深さゆえである。

これが「天野光信の'卒業'宣言」の真意である。

’卒後の進路'は・・・
 「'卒業'したら、その後、何をするの?」と問いたい人もあることだろう。
・・・まあ、今回は長くなったので、それについては稿を改めて、ということにしたい。《続》

posted by Koujin Amano at 14:36| 体系化学

2018年01月18日

[111] 今の時期、さぞかし……

やるべきこととやりたいこと
 センター試験が終了すると、私立医学部入試シーズンがはじまり、
GHS生達はそれぞれの闘いに赴く。
「入試はじまりましたね。センセイも今一番忙しいでしょ?」
時候の挨拶代わり、こんなふうに言われることが少なからず。
 しかしながら、予備校講師としてはこの時期がむしろもっとも暇で、
授業前後の準備から解放され、ε-(´∀`*)ホッと一息。
次年度に向けてのテキスト・カリキュラムの発展と充実に向けて、時間を使える時期である。

これが中学や高校入試などでは、「追い込み」と称して、試験直前まで
ハチマキでもして(さすがに古いか)、特訓特訓、入試会場前では生徒にエール!!
というような光景がありがちなのか、そのイメージで上記のねぎらいの発言となるのであろう。

しかしながら、少なくともGHS生に関しては、早く手を離れて、
やりたいこと、やるべきことが「独学可能」な状態にすることこそ目標である。
医学部入試はどこでももはや、「追い込み」とやらで詰め込んでなんとかなる量やレベルではない。
だから、12月いっぱいまでに必要なことは教え終えるカリキュラムになっている。
また、医学部入試はどこでも、時間との闘いでもある。
1問をじっくりと時間を掛けて解くような試験ではない。時間内にできるかできないか
分からないくらいの問題をやりこなす必要がある。
これは、教える次元の問題ではなく、自学修練をなすしかない。
今年のあるGHS生は、年末から年始にかけて、順天大医学部受験のために、
10年分の過去問を全部解いて臨んだという。
1年前は、1年分の問題を解くことさえできなかった、本半では手も足も出なかった人間が、
GHSの1年でここまで成長する。「あとは自分でやるだけ・・・」

本ブログ [106] に書いた、Eさんの勉強ぶりもそんな様だったのだろう。
塾や予備校は、いつまでも通うものではない。優秀なやつ、できるやつほど、
早く手が離れる。独立する。GHS卒生の中には、たしかに1年では合格は叶わなかったが、
そのあとほぼ宅浪状態で独学し、次の年に医学部に合格して報告に来るパターンが少なからずある。
どうやればよいのか、何をどうまなべばよいのか、それがわかったら、
あとは自分が納得いくまで、時間の壁を破れるまで、自学修練するだけである。

……だから、今は1年でもっとも「暇」。自由な思索と創造の時間に充て、果報を待つ。
posted by Koujin Amano at 21:18| カリキュラム

2017年12月30日

[109] アミノ酸カスケード+の話

今年最後の授業は...
 [107] に「アミノ酸カスケード」という話というタイトルがあるが、
よくみると、今回はカスケードの横に「+プラス」がついてる!!
「たけちゃんマン」の続編が「たけちゃんマン7」だったのを
思い出した人も稀にはいることだろう。

GHSでは12/22金が私にとっては年内最後の正規授業であったのだが、
翌23日に、駒込の医師会館で本業の方の「検死研修会」に参加した。
行政解剖組織がない地方にとっては警察の検視と医師の検視も
大切な業務の一つなのである。一時期、法医学教室に身を置いていたので
私にとっては何の抵抗も違和感もないので「復習」のようなモノであったが・・・。

その研修のあと新宿に移動して、時間がとれそうだったので、
体系化学3の補講を〆として追加した次第。
テーマは、体系化学アドバンス・カリキュラムの最後編テーマ、
「高分子の世界に届く」の ‘ アミノ酸配列 'の問題である。
当日、倫理政経の補講があったこともあり、
生徒が自習室にも居残っていて、臨時招集をかけると、
いつもは5人のクラスが、我も我もと十数人にも膨らんだ。
もっともここまでくると皆、体系化学テキストはもちろん、
アドバンスも学んででいるから、何をやっても話が通じるわけだから、
楽しくも頼もしい面子がそろったわけだ。

カスケード+の理由
 前々回に紹介したように、有機化学テキストver.4に収載した
「アミノ酸カスケード」は、いわば「常連のアミノ酸」の8個を
まずはしっかりと覚える図式である。この8つと基本構造の式量74g/molについて
暗記法コンテストを経て、拡張する土台はできている。

実際に、2011〜2016のデータベースから私立・国立の入試問題の標準以上の問題に限定し、
10題ほど集めたものを演習・解説した。
このレベルになると、8個のアミノ酸の構造式を知っているのはあたりまえ、
その上で、ヒント付きで出題はされているが、さらにアミノ酸+6個程の構造式について
予め知識があった方が見通しよく解けることがわかった。
そこで追加したのが、Val,Leu,Ile,Lys,Asn,Glnである。
これをアミノ酸カスケードを基礎枠として、拡張工事を行ったわけである。
その結果、アミノ酸カスケード+は、二次元から、三次元の構図となり、
数学で見慣れた空間座標にならって配置するとよいことが分かった。

さすがに、この場でぽつんと公開する気はないが、体系化学読者諸氏も
自分なりに想像しておいてほしい。
来年度は、体系化学アドバンス(2)をテキスト化し、例によって電子ブックとして
公開することになるだろうから、その時まで、しばし、Tranquilo!!

posted by Koujin Amano at 09:29| 体系化学

2017年11月29日

[108] ' 高分子系統樹 'ということ

センター試験、異変!?
 12月が迫り、二学期丸々使った有機高分子の講義が修了を
迎えようとしている。油脂、炭水化物、蛋白質、ゴム、
そして人工的高分子へと各項目に十分なる時間をかけて進んできた。
GHS生たちも、急ぎ足ではない高分子の授業をはじめて体験したことだろう。

昨年から特に注力しているのが、「人工的高分子」である。
ご存知のように、センター試験化学もまた難化がはじまっている。
有機化学に絞っていうと、人工的高分子の出し方がハンパない !!
ナイロン66とかPETとかの定番ではもう済まされない。
ビニル系、とくにアクリル酸系のメタクリル酸、アクリル酸メチル、
アクリロニトリル、そしてアクリル酸メチルとパッと見が同じの、
酢酸ビニル等々・・・・・・が、選択肢に堂々と登場する。

もちろん、難化上等!!、「高分子の世界に届く」授業を展開してきた
GHS生にとっては、他に差をつける好機でしかない!!

有機高分子系統樹
 有機高分子の項は、どの教科書も、どの参考書も、
たくさんの高分子が列挙され、フルカラーで用途が示されている。
で・・・それはどう学べばよいのか?という問題には答えていない。
つまり、高分子はいっぱいありすぎて、頭の中で収拾がつかないものである。

体系化学アドバンス(1) (ないし『医大受験』誌)で説いた、
「電池の歴史・系統樹」を参照していただくと話はさらに早いが、
このような人工物の技術の歴史には、時系列の系統樹的把握が有効である。

というのも、電池も人工的高分子も、人間が作りあげてきたものだからであり、
一つの発明・技術が登場すると、次にはその欠点を克服したり、
その長所を拡張した発明・技術が登場し、その連鎖が歴史をつくる。
もっとも、現実の歴史には、偶然と紆余曲折がつきものだから、
それを論理的歴史として捉え返す必要があるが、そのフイルターを通せば、
高分子の歴史もまた、電池の歴史と同様に、ストーリー性が見出せるものである。

この際、留意すべきは、「機能分類をしないこと」である。
人工的高分子というものは人間が意図した通りの機能になるとは限らない。
シルクを目指してストッキングになったナイロン然り。
また、人間社会の変化によって用途が規定される。
映画のフィルムやセル画ベースが、デジタル化によりピンポン玉や小銃火薬へと
用途が限定され住み場所をみつけたニトロセルロースのように、である。

したがって、「このポリマーは、︎■,︎■,︎■,・・・等々の用途に使われる」のような
列挙的説明は、受験生にとって迷惑千万、有害無益である。
教育メソッドとして必要な視点は「歴史的・構造的分類」であると思う。

まずは自然的有機高分子から人類が何を学んだか?」から始まり、
そこから高分子化に至る構造を抽出することになる。
その高分子化構造体を既存の有機反応をふまえてmodifyし、
次から次へと新たな高分子を生み出していく歴史が続く。

その中でも、系統的把握がもっとも有効なのが、天然ゴムから学んだ、
ビニル・ファミリーである。
とはいえ、注意すべきは、名称は必ずしも系統的ではないことである。
各々の開発者が気の向くままに命名するものだから系統性は隠れてしまいがちだ。

だが、生物の系統樹にくらべれば扱いやすい。
そこには人間の意図はないから、生物系統樹の枝葉はどこまでも分岐していくもの。
そして生物学的にはどの枝も研究者にとっては「等価」のようである。
アメンボだって、オケラだってみんなみんな生きているんだ、研究対象なんだ!!…と。
しかし、高分子系統樹には人間の意図が絡む
アドバンス化学で公開している「電池の歴史」と同様に、
前者の欠点を克服する意図をもって次の世代へと進む。
その流れをみればよい。

高分子の学びは、羅列でも横並びでもなく、系統的に!!
次年度用に製作する有機化学テキストver.5では
その部分を追加掲載することになる予定である。
posted by Koujin Amano at 17:33| カリキュラム

2017年10月26日

[107] アミノ酸 ‘カスケード’ という話

高分子の世界に届く
 GHSでは、カリキュラム自体の体系化も進めている。
ただただ文科省指導要領の単元通りに問題をこなすなんてことはない。
まず必要なのは、高校卒としてまともな学力を与えられないままに
浪人してしまった受験生の再生・再履修プログラムである。
 今回は、そのうち、有機化学の話を書いておきたい。
有機化学テキストは、ver4となるが(GHSのHPにて電子ブックにて公開中)、
これを用いることにより、4月からスタートし、週1回90分の授業でありながら
8月一杯で2/3の区切りを迎え、2学期は丸々、残り1/3の高分子の授業に
充てることが可能になっている。
そう、後手後手になりがちで、手薄になりがちな有機高分子のエリアは、
GHSでは、第二学期のメインディッシュとして提供される。
まさに、受験生にとっての「理想と夢」が実現できているのである。

教科書にちりばめられた枝葉的知識とコアとなる知識を峻別すれば、
そういうことも可能となる。
それは『体系化学』の記述方法論と同一線上にあり、端的には
しっかりとした知識の骨格があれば、枝葉はあとからいくらでもついてくる、
ということである。あれもこれもと盛り込むと、メインデッシュに行くまでに
お腹いっぱいになってしまい、全体像を得損なうものである。

 ーー 最近、ある高校生が使っている教科書をみる機会があり、
       それは、ちょうど「化学平衡」のところであったが、
   気相平衡の例としてハーバー法の紹介があったまではよかったが、
   そこからなんと、オストワルト法と接触法について反応式を示しての説明が続く。
   「なんでこんなところで、寄り道・脱線するのか??」
        「化学平衡の法則まで一直線でいかないと、高校生は混乱するでしょ……」
   授業ノートをみせてもらうと、ご丁寧にその説明も板書してある。
   知識自体は正しいが、ここで「ついでに」やることではないでしょ?
   ・・・私もかつては、こんなヒドい化学や物理の教科書に翻弄されたんだなぁーーー 

どういう知識をどういうストーリ仕立てで、どう順序で与えるか、それが大切だ。
知識自体はウソでも間違いでもないが、その並べ方をまちがえると正しい理解を阻害する。

もとに戻ろう。有機化学テキストは、一つのストーリーになっている。
その始まりのロジックは、途中でも、後ろの方でも繰り返し登場し、
生徒の論理性を醸成することにも資するようになっている。
知識の範囲は同じでも、まったく別物になっているわけである、
つまり、『体系化学』と同様である。

アミノ酸の'カスケード'とは
 今回のトピックは、そんな有機高分子の3/4番手に学ぶことになる、
蛋白質・アミノ酸のエリアのことである。
ご存知のように蛋白質を構成するα-アミノ酸は、20種類ほどある。
その20種類をどうやって覚えるか?という話である。

その要点は、20種の紹介はしても「全部覚えようとしてはならない!!」ということである。
まずは次の8種類だけについて、系統的に配置もあわせて覚えよ!(◎_◎;)という指導をする。
これを称して 'アミノ酸カスケード' という。
         ↓ click
アミノ酸カスケード図.tiffアミノ酸カスケード図.tiff     
 アミノ酸カスケード図.jpg





     
なんとなれば、入試的に出題頻度が高いのはこれだけだからである。
その理由は簡単、それ以外は構造式が複雑であるため、
「構造式を書け」とは問えないからであり、構造式を与えるしかないからである。
そして、その駄目押しとして、昨年と今年にまたがって、
この 'アミノ酸カスケード' の記憶法コンテストを実施した。
課題は、「α-アミノ酸の共通骨格の式量74g/molと8種類のアミノ酸名を織り込んで、
この順序で覚える語呂合わせ」であり、受講者全員に考えてもらう。
優秀作品にはささやかながら賞品を送る。
そして、GHS有機化学テキストに掲載され、歴代のコンテストグランプリ獲得者とともに、
卒後も名を留めることとなるv( ̄Д ̄)v 手(チョキ)
これまで、「陰イオン化傾向」にはじまり、「カルボン酸」、「ジカルボン酸」、
「油脂フォーマット」とやってきて「アミノ酸」である。
もちろん、審査員は私一人なので、判定には主観しか入らない´д` ;が、
そんなことは実はどうでもいい、オリジナルの記憶法づくりに時間を費やすうちに、
自然と覚えてしまうことが狙いである。

そうやって、主要なアミノ酸8個が、整然と銘記されたら、それ以外は、
問題演習で出会うごとに必要なかぎりて少しずつ追加していけばよい。
これと、必須アミノ酸の記憶法(これは巷にゴマンとある)と合わせれば十二分である。

常人にはアミノ20種類なんてとうてい覚えられやしない。
それができるくらいコピー力が旺盛なら、浪人などしていないだろう。
そうやって覚えること自体を挫折させてしまうよりも、
とりあえずこの8個の確実な記憶の方が、後々、記憶を発展させられるのは当然の理である。
だから、最初は、あえて残りの12個を後回しにするのである。
・・・それをついでに、とばかりあれもこれもと紹介するようなことをやっていると、
生徒は何一つ覚えていない、ということになる。
物事の学びは、選び方と並べ方が大切である、ということである。
見せないこと、触れないこともまた、教育メソッドである。

次年度、有機化学テキストver.5の公開時には、このコンテストの記事ももりこむ予定である。 

posted by Koujin Amano at 21:12| カリキュラム

2017年09月13日

[106] 想い出の記 / Eさんのこと ‘思えば遠くに来たもんだ’

夏期講習と夏期休暇
 8月といえば、予備校は夏期講習の最中ではあるが、夏期講習の期間の
大学の夏期休暇は、GHS卒生が代わる代わる訪問に来てくれる嬉しい時期でもある。

この春に、東海地方の私立医大に正規合格を果たしたEさんが訪ねてきてくれた。
昨年は幾つか一次合格にこぎつけたが、わずか届かなかったらしいが、
今年は「正規合格」である。これが昨今どれほどの難事で憧憬の的であるかは、
少しでも医学部受験にかかわった人ならよーくわかるはずである。
でも、よくわからないという人のために簡単にいっておくと、
たとえば、東大などは、合格者に正規だの補欠だのという区別はないものである。
合格すれば入学するのがふつうだからである。東大に入りたいから東大を受験するのだから。
ところが、医学部受験生は医学部に入りたいのであり、かつ
私立医大は一人が何校出願してもいいので、合格者は重複する。ある医大に合格しても、
他の合格した医大があれば、そちらに進学する可能性がある。
しかも、昨今は、国立医学部志望者が、少子化と時代趨勢と学費の値下げ合戦などが
相俟って参戦してくるから、国立医学部に行ってしまう人もいる。
いきおい、それを見込んで合格者を多めにだしたり、補欠合格者をだして繰り上げたりする。

だから、「正規合格した」というのは、そういう者達と肩を並べて遜色ない学力に達した、
ということになる。狭き門のさらに第一ゲートである。
だから周囲の受験生の反応も「すごい!!」となるのである。
しかしながら、いささか失礼ながら、EさんがGHSに来た時、正直なところ、
こんな未来が待っているとは想像できなかった。出発点は低いというより「無」であった。
そんなEさんへの想い出の記。


地方の一貫校のジレンマ
 Eさんは、甲信越地方の私立の中高一貫校を出てから、GHSにやってきた。
なんとしてでも医学部にいきたい!!という意気込みと意志は感じたが、
如何せん、受験勉強に入るための基礎学力自体がない。
ここから医学部とは・・・、長く、遥かに険しく、何の保証もない道だなぁ・・・
最初の数ヶ月のEさんの知識の希薄さをみるにつけ、暗澹たる思いになったものである。

内部進学ができる中高一貫校は、原則として受験指導をやろうとしないから、
授業は教科書レベルを出ず、その範囲をきちっと定期テストで点がとれているか、
教師も生徒もそういうモードになる。テストが終われば忘れてよい、
また次のテストだ、という近視眼的な、表面的な勉強が染み付いてしまう。

しかし、医学部入試は、高校課程の全範囲からどこがでるかわからない。
膨大ともいえる知識を頭に入れた上で、入試問題を限られた時間で解き切る必要がある。
中学入試や高校入試で、難関目指して、しっかりと勉強した経験があればまあましなのだが
地方では県立高校が優勢なこともあって、私立の一貫校に入るハードルは高くない。
中学課程の三年分さえ、きっちりと頭に入れることなく高校課程を迎えることになる。
もちろん、内部進学ならそれで問題ないが・・・・。

そんな環境で高校時代を過ごしたこともあり、Eさんは結果的に、
医学部入試の勉強を始めるための学力に達するまでに2年を要した。
英語、数学、生物、化学すべてをGHSで再履修すること、
いや、はじめてしっかりと応用に耐え得るような基礎をようやく学べたのである。
とても美しい字で、整然としたノートを何冊もつくってその試練に耐えた。

厳しい中学入試や高校入試をくぐらなかった分、全科目の全知識が入る頭になるのに一年、
それが実際に入って馴染むのに一年、つまり、まともな高卒学力を得るに2年かかるものである。
そうやってはじめて、自分が高校時代に何も学ばされてこなかったことを悟った。
曰く「中高一貫校になった初年度は、とにかくいい先生ばかりその学年に固めたんです。
   つまり、6年に一回だけいい先生グループにあたるけど、私はそのハズレの学年。
   今思うと、何一つ入試につながるレベルのことは教わっていなかった・・・・」
これで大きな岩壁を登りきったわけである、が・・・・。

これ以上勉強できない・・・
 2年目を費やしてここまできたEさんであったが、それはまだ、ただ高校課程をまともに
卒業したレベルにすぎない。学部を選ばなければどこでもいけるが、医学部になると、
ここから、入試のハイレベルに対応できる、偏りなき学力とスピードを身につけなければならない。
岩壁をのぼりきったとき、さらに大きな岩壁がそそり立っていることを入試で思い知らされ、
漏らした言葉「私、これ以上勉強できない・・・」
私がEさんから聞いたGHSでの最後の言葉だったように思う。
Eさんの出発点からして、医学部はどこも、高い高いハードルであったから、
これ以上は無理かな・・・・という感じさえ覚えた。

そこから一年後の昨春、Eさんからは音沙汰なく、
そこから、今年の合格に報に接するまで、さらに1年の月日が流れた。
この間は、基本的には予備校に通わず、一人で勉強していたと。
科目によっては個別指導を受けてはいたらしいが、基本的には、この2年の学びで、
「あとは自分でやるだけ。たくさんやって身につけるだけ。」ということが分かったのだ。

2年の雌伏の期間、GHSでの学びを身につけるべく、ひたすら実戦レベルの訓練をしていたのだ。

正直いって、「正規合格」は信じ難かった。そういう出発点であったことを知っていたから。
心底、嬉しかった。Eさんがもし、最初にGHSの門を叩かなければ、
高校課程の再履修がしっかりできないまま、小手先の暗記に終始し、伸び悩んでいたことだろう。
その出会いから、「正規合格」という歓喜までの4年間、その初心を貫く意志の堅牢さには
惜しみない賞賛をおくりたい。

だから、これを読んだ受験生には、ゆめゆめ「私もあとに続く!!」などと思わないでほしい。
受験生諸君を激励するためにこれを書いているわけではない。
ここまではできない、許されない、と思うなら、なるべく早く別の道を探すべき!!と訴えているのだから。

これは実に大変なことなのだ。登りきった岩壁の先にそれより高い岩壁があったことに気づいた時の絶望感、
それは、登りきったものでないと味わえない。
そして、そもそもそこまで登れないで挫折する人の方が多いのであるから。
絶望感を受け止めて、そのさらなる岩壁をやっぱり登るしかないと腹を決めてけっして諦めない根性、
それが自らにあるかを真に問うてほしい。
その上でのやる気であれば、GHSの教育理念と独創メソッドは、君に「共鳴」する。
posted by Koujin Amano at 11:27| GHS卒生