2018年02月13日

[113] センター試験 難化(上等)×2 共通一次世代へ

 今回は、受験生というよりはその親御さん、
つまりは50代、かつての共通一次試験世代の方々に、
現今のセンター試験の消息をお伝えする形で、今年のセンター試験を
振り返ってみたいと思う。

共通一次 事始め
 今を去ること30年以上前のこと、センター試験の前身である
共通一次試験を受けたのは昭和54年卒(1979)の世代から10年間である。
その初回を受けた「ランドマーク」でいうと、林芳正・現 文部科学大臣、その人である。
彼は共通一次初年度の受験生なのである。なんでそんなことを知っているかといえば、
林くんは私の出身校である山口県立下関西高校の「先輩」だからである。
本題からそれるが、林くんは極めて優秀で、現役で東大文一に合格。
「共通一次の数学なんて、200点当たり前でしょ」と‘公約’していた、と。

 それはさておき、諸々の批判渦巻いた共通一次試験の創成期に受験生であった
親世代は、子供たちが受験期となっている頃である。
今のセンター試験のあり方、特に昨今のセンター試験の変化は、
かつての共通一次のイメージとダブる点とまったく異なる点が混在する。
我が子を取り巻く受験環境を正しく理解してあげる一助になれば幸いである。

センター試験は「適性試験なり」
 もっとも、試験全体に触れるのは荷が重いので、理系、医学部受験生にとっての
今のセンター試験という点に絞って話をしたい。
 さて、平成2年から後は、「センター試験」と名称を変え、
日程や内容やルールを変えつつ、色々な批判をかわしつづけて今に至る。
 ちなみに、私は平成元年入学なので、最後の共通一次を受けたことになり、
前回書いたように、そこから5年ほどしてGHSにかかわることになるから、
共通一次から今のセンター試験までをほぼ絶え間なく見てきたわけである。

 実は、共通一次試験の当初は中々難しいというより、厳しい試験であった。
スタートは5教科7科目で1000点満点という形であった。
これは、文系も理系も、理科2科目、社会2科目を選択しなければならないという
今にして思えば ‘無謀’と思える スタートであった。
「難しい」というより「厳しい」と言ったのは、文系にとっては理科が、
理系にとっては社会が、相当な負担となっていて、
理社に注力すると、英国数が手薄になり点数が伸びず、またはその逆という、
如何ともし難いジレンマがあり、科目数×知識量=膨大であるため時間が足りず
    「全科目を揃えるのは至難の技」
なのであった。したがって800点=8割越え自体が難しく、
東大・京大では850点越えが目標。
医学部となれば900点=9割が目標であった。

 その後、「共通一次導入はかえって負担増である」との批判を受けて
理社を一科目に減らしてみたり、現代社会や理科Iとか基礎理科とかいう
寄せ集め的科目をつくってみたり、日程を複数化して試験機会を増やしてみたりと
様々に変更されてはきた。しかし、すでにお気づきのことと思うが、
    「国立医学部合格のためには9割が目標」
という一点は、実は昔も今も変わりがない。平均点や負担がどうのこうのというのは
全体統計の問題であって、国立医学部という狭き門を争うような高学力層にとってみれば、
センター試験の小手先の変更など関係ない!!、
どんな状況でも9割とれ!! ということなのである。
したがって、現今のセンター試験900点満点では、800点越えが
      医学部への第一扉
となっている。その意味に限れば、共通一次とセンター試験は、
よくできたシステムである、と言えると思う。
生徒には、90%の意味をこんなふうに説いている。
「人間はミスをするものだから、完全ということはありえない。
 医療でもミスは許されないが、0にはできない。
 だから、ミスが起きてもすぐに察知され、事前に修正できるような
 セーフティーネットが必要だ。医療は医師単独でやるのではなく、
 チーム医療である。だから、一割のミスなら周りに気付いてもらえて、
 ミスとして顕在化しないで済むもの。だが、2割もミスするようなら
 周りもカバーはできない。それが医学部は9割という意味だ。
 センター試験ごときで2割もミスするようなら、
 医師としての適性は怪しい!! ということなのだ。」と。
そういう意味で、センター試験が最低85%取れないようなら、
国立医学部は潔く諦めるべきだし、そもそも出願先が存在しないのだから。

センター試験の「難化」とは
 国語・英語・数学に文系理系の違いはないので、物理と化学について述べよう。
昨年のセンター試験後のブログで、「難化上等」といった意味の主眼は、
「ゆとり」と称する骨抜き教育時代の、スカスカの物理・化学の試験から、
ようやくまともな出題をするような時代に戻った、ということにあった。
学び方が問われる、ごまかしが効かない、まともな学力を身につけた者だけが
高得点を得るという意味で、「まとも」なのである。
つまり、物理も化学も勉強の質で差がつくようになってきたことを歓迎しての
「難化上等」ということであった。

 しかしながら、今年更に感じている物理・化学の「難化」は、
昔の共通一次時代と異なる点がある。
共通一次の時代は、理科は、「化学I」「化学II」というように分かれていて、
Iが共通一次の範囲、I,II合わせて2次試験の範囲という了解であった。
だから、当時文系であった私も、物理Iと化学Iの選択をした。
その後、センター試験へ、そしてゆとりの時代となり、Iの範囲が縮小され、
IIへと追いやられてしまい、ある予備校の化学の講師は
「範囲が狭すぎて、計算問題もつくれやしない。問題にすることろがない」
との嘆きも聞かれたほどに、スカスカの試験であった。
こんなレベルなら、学習メソッドなどはどうでもよくなる。
暗記でも詰め込みでも格好はつく。
・・・・・そんな時代の真っ只中ではあったが、そんな風潮に迎合することなく、
GHSでは教育メソッドの探求と創造をつづけていた。
『体系化学』は2008年に世に出したが、そこに至るまで、GHS内部では、
小手先の暗記ではない、本物の実力をつける教育を一貫してやっていた証左である。

今のセンター試験の厳しさ
 かつての物理I、化学Iを学び、共通一次試験を受けた親世代にとって、
今のセンター試験の物理・化学をみると「驚愕の事態」かもしれない。
というのは、まずもって理科は、実質、文系と理系に分かれている
これはまったく正しい方向である。
(だったら、理系向けに地理基礎とか日本史基礎をつくるべきだが・・・)

 問題は、理系の「化学」や「物理」である。
この試験範囲は、かつての物理I,IIとほぼ同じであり、要するに全範囲である。
理系用に理科試験をつくったので、全範囲となったのである。
だから、「一次試験」といいながら、「二次試験」と範囲は重なり、
かつ、中堅私立医学部の試験(もちろん全範囲)とほぼ遜色ないものになっている。
だからこそ、私立医学部では、センター利用の定員を設けることが可能なのだろうし、
むしろ、そういう要請からこのような試験になってきているともいえよう。

 なんのことはない、いまや少なくとも理科において「一次試験」はない
というのが結論である。
取捨選択することなく、全範囲を、記述式でもキチンと解けるくらいの力をもたないと、
センター試験も私立医学部も突破できない、という状況である。

・・・実際、GHS長野校は、個別指導がメインなので、センター試験の物理の
演習にもべったりと付き合っている。
各予備校からでている、センター模試問題集を揃えると20数回分の演習ができるが、
どれもこれも本格的で、よくできていて、楽しい問題ばかりである。
これって、「体系化学」「体系物理」テキストに準拠しているんじゃないの?と
冗談(≒皮肉)の一つも言いたくなる。
キチンと答えがでてしまえば、選べばよいので、正しいとわかる点は精神的に楽でよいが、
その背景には、キチンと立式して解くという修練を積んだ実力が必要で、
でないと正解にたどり着けないようにできている。
つまり、センター試験高得点のためには、かつてのようなセンター試験用の勉強は要らない
という逆説である。

まあ、最後に、ちょっとばかりの自慢だが、そんな難化したセンター試験ではあるが、
今年のGHS生の平均点は、物・化ともに80点越えであった!! 
時代がようやく、本物を求めるようになった、きっとそういうことなのだろう。 
posted by Koujin Amano at 23:12| 入試制度