2019年02月05日

[123] 想い出の記 ー GHS生のために医学部スカラシップをー

今年で二人目の卒生となる
 もうあれから10年近くになるのだな・・かつてのGHS卒生から、
医学部卒業見込みとなった旨、連絡があった。
もう少しで、念願の夢にまでみた医師の資格が得られる。
「二人目」というのは、
「GHS卒生のための医学部生奨学金制度」を利用した者の第二号ということだ。

Kくんにとっては医師への道は、単なる「夢」で終わる可能性の方が
大きかったかもしれない。

一度理系の大学で修士まで行ってからの再受験であった。
理系の大学院まで行っているからそこそこできるのかと思いきや、
専門の知識以外は、むしろすっかり忘れてしまい、
受験は全て最初から学び直しとなった。
これが第一の高い壁。でも、「‘イシ’の上にも三年」の努力で学力は伸びた。
夏の模試で「受験の神、降臨」というしかないほどの良い成績を記録し、
ようやく医学部の扉が見えてきた。
・・・というのはまだまだ序の口。

第二の高い壁。英数理での学力がついただけであり、
私立の中堅医学部までが射程に入ったに過ぎない。
センター試験の国語・社会まで考えれば国立医学部は遥かすぎる道。

例に漏れず、彼も特に医師の師弟ではなく、親類縁者にもそういう繋がりはない。
そこでKくんは、日本中の大学や病院の奨学金制度を調べ尽くして、
私立医学部でもなんとか進学できる方法はないかと、
学費+生活費と奨学金の合計との細かい計算シミュレーションを何度も繰り返しては
ため息をついていた。「とても足りない、これでは卒業まで持たない・・・」


スカラシップ第一号のHくん
 そんな受験生を何人も見てきた。学力的には私立医学部には行けそうだが、
経済的には絶対無理。だから国立医学部しかない、でもセンター試験からして
科目数も点数も高い高い壁。
10年ほど前は、私立医学部と国立医学部との、受験生の棲み分けが比較的はっきりしていた時代。
国立医学部志向の者は、学力が達していてもそもそも私立医学部の受験はしなかった時代。

ちなみに、平成元年入学の私の頃は、国立医学部志望者が経済的に併願できるのは
慶応医学部しかなかった。理3と併願して慶応に行った同期生も少なからず。
ところが慈恵医大などが学費を下げたのを皮切りに、学費値下げの波と
センター試験利用に参入する私立医学部の数が増え始めていた。

そんな中で、Hくんは、東京医歯大医学部が第一志望だった。
言わずとしれた超人気・超難関である。
都内の私立進学校を出ているので基礎学力は高いのであるが、
(彼は「体系化学」を見て、ここに賭ける!!の気概を持ってGHSの門を叩いた)
その彼をしても、医科歯科の壁はいや高く、二浪でも突破できなかった。
その二浪目の秋のこと。
私「ここまでの学力があるのだから、私立も受けてみればいいじゃないか」
彼も、経済的な理由から、それまで私立受験など考えても見たこともなく、
当初びっくりしていた。
Hくん「ウチにはどうやっても、そんな金はひねり出せないから・・・」
私「いいから受けてみなよ。
 学費だけの問題なら、私が勤務する医療法人でよければ、
 奨学金制度を作って貰ってなんとかできるだろうから。
 だから、万が一の保険と思って、一つ二つは受けておけ・・・」

結果的には残念ながら東京医歯大は突破できなかった。
センター試験も含めて、かなりいい線まで行っていると思ったのだが。
そんな彼の学力をしっかりと認めてくれたのが順天医学部である。

早速、勤務の医療法人の理事長に医学生奨学金の構想を話し、
その利点と将来性を説き、奨学金制度を作ってもらった。
否、正確に言えば、看護学生に対しての奨学金制度がすでにあったので、
これを拡張して、医学部生にもOKの形にしてもらった。
もちろん、私が後見人となり、その人物保証付きであるから
すんなりと話が通った。
医師不足に悩む地方の医療機関にとって、そのような医学生に援助はしたいが、
かといって見も知らぬ学生に貸与するのもリスクがないとは言えないし・・・、
受験生の方も、全く未知の医療機関の奨学生に応募するのも勇気がいるもの。
そんな問題が全てクリアできることは双方にとって渡りに船というわけである。

月額の制限はなく、計算根拠を示して協議して決めた。
要するに「言い値」である。ほぼ六年間の授業料相当額と思ってもらえば良い。

そんな彼も、すでに卒後研修を終えて、病院にお礼の挨拶に訪れた。
結婚の予定もあるのだという。なんと順風満帆であることか。
「私立医学部という選択肢がなかったら、まだ医者になってないかもしれないし、
 そもそも医学部に行けていたかもわかりません。
 あの時、受験を後押ししていただき、本当に感謝しています」


医師になりたいという気持ちが強固なら、一刻も早くそうなる道を選ぶのがよい。
それが本人にとっても、家族にとっても、そして社会にとっても有益なことだ。

研修医を終えたからといって、それでいきなり勤務というわけには行かない。
医師として色々と任せられるようになるには学ぶべきこと、
身につけるべきことはまだまだ沢山ある。
だからしばらくは勉強しながら、非常勤でなんらかの貢献を少しずつ重ねてもらえばよい。
だから、彼にとっての本当の恩返しができるまでは、卒後数年は待たねばならないだろう。
そんなある意味「悠長な」話ではあるが、その一人一人をじっと待つ
病院理事長の懐の深さをありがたく思うものである。

GHS卒生の特典!!
 再び、Kくんの話に戻る。彼にとっては国立医学部という選択肢より、
年齢的にも金銭の工面を考える方が早道だった。
しかし、一般に医療法人関係の奨学金は、審査や定員枠があり、受給できる保証はない。
また、自治体がやっている奨学金は、支給額が大きくはない。

「GHS卒生のための医学部奨学金制度」は、卒生であれば100%である。
それ知って大船に乗ったか、予定通り私立医科大の合格を勝ち取ると、
このスカラシップ制度の二番目の資格者となった。

実家から離れての学生生活となったが、
育英会(今は独立行政法人日本学生支援機構というらしいが)の奨学金と併せて、
さらに親戚からの援助もあって、無事、卒業に漕ぎ着けたわけである。

もっとも彼がうちの病院で活躍してくれるのもまだまだ先。
GHS卒生とともに医療現場で働くというのは、どんな景色なのだろうか。
私もしばらくは頑張って本業を続けなければ・・・。

私の親しい友人でもある、医療法人の理事長は言う。( 酔っ払うと特に ! ^ - ^ ! )
「優秀なのに、お金が出せないと言うだけで、医学部に進めないなんて
 本当にもったいないこと。地域医療に関心があり、
 とにかく医者になりたいという情熱がある若者には、援助は惜しみませんよ」と。
posted by Koujin Amano at 11:27| GHS卒生