2018年02月24日

[114] センター試験 大きな弧を描きて

昨今のセンター試験の、つまりは・・・
 前回、共通一次試験からの流れを概説しておいたが、
その結論は、理系の理科に関しては、
     「センター試験用の勉強は不要なり」
という逆説的なものであった。
その理由を物理を例に、端的に述べれば、
センター試験のための範囲制限 (かつての物理Iなど)がなくなり、
出題範囲は「物理全体」となったこと。
マーク式と記述式の違いがあるだけで、「やや難+標準+易」とりまぜた、
バランスセットとなっていること。
したがってこのままマーク式の私立医学部の入試とならべても遜色ないこと。

かつては、平均点を揃えるために「センター試験らしい問題」と揶揄された、
「文系にも解けるように」と配慮した問題作りが姿を消した。
文系と線引きしたことにより、遠慮なき「ふつうの理系の物理の問題」となった。
しかも、選択式であるから、キチンと答えがでるように、数学的にも、使用文字にも
配慮がしてあるので、むしろ、適切な演習問題素材となっている。

これはすなわち、まともに物理を学んで、記述式の答案をつくれる実力を涵養することを
第一義とすればよいということで、センターだの私大だの、二次だのいわなくても、
物理全体をまともにやればよい、という環境になってきたのである。

こういう話をすると、共通一次より前の世代の方なら、あれ?と思う起こすかもしれない。
一次試験がマーク式で、理系は、物理や化学は全範囲、社会も選択する必要がある・・・

大きな弧を描きて
なんだ、これは、共通一次試験導入の前に、東大が独自でやっていたのと同じじゃないか?
・・・私も知らないかつてだが、東大入試にはその昔、選択式主体の一次試験があり、
センター試験と同様に、理系でも国語や社会も選択必須、理科二科目は全範囲、
それを突破すると、二次試験が受けられる、という独自の2段階選抜であった。
現時点から、30数年前を見遥かしてみれば、なんのことはない、
センター試験は大きな弧を描いて、かつての東大2段階選抜入試スタイルへと回帰したのだ。
もちろん、数学や理科には、文系・理系での区別がなされていた。

そもそも「共通一次試験」の「共通」たる所以は、
「文系理系を問わず高卒程度として共通の・・・」という点にあったから、
理科科目は、全範囲にするわけには行かず、そのため全体を共通試験用に分割して、
たとえば化学IとIIとし、文理の共通部分をつくったのである。
(ならば世界史や日本史も分割してもよかったが、歴史だけにさすがに分割できず、
こちらの対応は今に至るまでない。理系は「基礎日本史」とか「基礎歴史」にして、
中学歴史+αのような科目にすれば、理系の学力の底上げもできようかと・・・。
今ようやく、わずならがらそういう動きもあるようだが・・・・。)

文系・理系の区別なく共通の試験をという大義が、試験制度をぐらつかせてきたと言えよう。
「文系でも化学や物理で点が取れるように、問題をセンター試験らしく(易しく)する」
それでもだめならと、「IとIIの線引きを変えて、センター試験の範囲を絞り内容を希薄にする」
・・・これらは「ゆとり」という隠れ蓑の下で、正当化されてきた結果、
一時は、化学の計算問題がほとんどつくれないような所まで骨抜き状態の苦しい(貧しい)出題内容だった。
これは逆からいうと、理系が理系として試されていないという意味で「悪平等」といえる。
「共通」の意味を履き違えた結果の不平等であることに気づくのにどれほどかかったか。

遅きに失したかもしれないが、とにかく「ゆとり」の時代からの掌返しの反省期に入り、
少なくとも、理科科目は、理系にとっては手応えのある、実力勝負の出題となった。
文系のことなど考えなくて良いから、私立医学部でも採用したくなるような
難易度と範囲の試験となった。だから今は、センター試験利用で医学部に入れる定員枠が
各私立大学にある。国立志望者でこのルートから私立医学部に入ったGHS卒生も少なからず。
各大学がオリジナル問題を作成・採点する労力と人材の不足から、
やがては私立医学部を中心に、「国立・私立共通試験」となるやもしれない様相である。
文科省も(林くんも) 新たな「共通」の意味を見つけたり、でいいのではないか。

自分らの受験時代は、心のどこかで「センター試験用の理科や数学」といった色眼鏡をかけ、
それなりの対策をする、ということに時間を割いたものであるが、今は昔、
理科科目が先駆けとなって、そのうち、センター数学に数IIIまで出る本格的な「理系数学」が
登場するのではないか。それでいいではないか。理系なのだから、「ゲタ」はいらない。
逆に、英語はセンター試験から外していいだろう。
英語という語学と、英語という科目は違う。
今のような語学レベルの英語の試験なら、民間資格試験で十分代用できる。

もっとも、国語は文理共通でよい。「共通」という概念を貫くべきはここしかない
それで十分ではないか。理系用の国語などつくって甘やかしたら、
まちがいなく理系としてのレベルが下がる。国語につよい理系こそ本物である、
・・・という姿勢は(GHSを見倣って ⌒-⌒; )堅持すべきである。

そもそも、理科科目のように、文理で区別すべきところを「共通」としたことに
根本矛盾があり、30余年の紆余曲折を経て、ようやく「答え」に辿り着こうとしている。
その意味でも、化学も物理もセンター試験での高得点目指すことと、
GHSでの各科目のまっとうな学び、体系的な学びとがさらによくシンクロするはずだ。

私立医学部志望者も同じ学びでよい。センター用の物理化学もなければ、
私立医科学部用の物理化学もない、そんなバカげた「対策」商品が流通した受験界でも
ようやく浄化作用が働くのではないか。
posted by Koujin Amano at 14:56| 入試制度

2018年02月13日

[113] センター試験 難化(上等)×2 共通一次世代へ

 今回は、受験生というよりはその親御さん、
つまりは50代、かつての共通一次試験世代の方々に、
現今のセンター試験の消息をお伝えする形で、今年のセンター試験を
振り返ってみたいと思う。

共通一次 事始め
 今を去ること30年以上前のこと、センター試験の前身である
共通一次試験を受けたのは昭和54年卒(1979)の世代から10年間である。
その初回を受けた「ランドマーク」でいうと、林芳正・現 文部科学大臣、その人である。
彼は共通一次初年度の受験生なのである。なんでそんなことを知っているかといえば、
林くんは私の出身校である山口県立下関西高校の「先輩」だからである。
本題からそれるが、林くんは極めて優秀で、現役で東大文一に合格。
「共通一次の数学なんて、200点当たり前でしょ」と‘公約’していた、と。

 それはさておき、諸々の批判渦巻いた共通一次試験の創成期に受験生であった
親世代は、子供たちが受験期となっている頃である。
今のセンター試験のあり方、特に昨今のセンター試験の変化は、
かつての共通一次のイメージとダブる点とまったく異なる点が混在する。
我が子を取り巻く受験環境を正しく理解してあげる一助になれば幸いである。

センター試験は「適性試験なり」
 もっとも、試験全体に触れるのは荷が重いので、理系、医学部受験生にとっての
今のセンター試験という点に絞って話をしたい。
 さて、平成2年から後は、「センター試験」と名称を変え、
日程や内容やルールを変えつつ、色々な批判をかわしつづけて今に至る。
 ちなみに、私は平成元年入学なので、最後の共通一次を受けたことになり、
前回書いたように、そこから5年ほどしてGHSにかかわることになるから、
共通一次から今のセンター試験までをほぼ絶え間なく見てきたわけである。

 実は、共通一次試験の当初は中々難しいというより、厳しい試験であった。
スタートは5教科7科目で1000点満点という形であった。
これは、文系も理系も、理科2科目、社会2科目を選択しなければならないという
今にして思えば ‘無謀’と思える スタートであった。
「難しい」というより「厳しい」と言ったのは、文系にとっては理科が、
理系にとっては社会が、相当な負担となっていて、
理社に注力すると、英国数が手薄になり点数が伸びず、またはその逆という、
如何ともし難いジレンマがあり、科目数×知識量=膨大であるため時間が足りず
    「全科目を揃えるのは至難の技」
なのであった。したがって800点=8割越え自体が難しく、
東大・京大では850点越えが目標。
医学部となれば900点=9割が目標であった。

 その後、「共通一次導入はかえって負担増である」との批判を受けて
理社を一科目に減らしてみたり、現代社会や理科Iとか基礎理科とかいう
寄せ集め的科目をつくってみたり、日程を複数化して試験機会を増やしてみたりと
様々に変更されてはきた。しかし、すでにお気づきのことと思うが、
    「国立医学部合格のためには9割が目標」
という一点は、実は昔も今も変わりがない。平均点や負担がどうのこうのというのは
全体統計の問題であって、国立医学部という狭き門を争うような高学力層にとってみれば、
センター試験の小手先の変更など関係ない!!、
どんな状況でも9割とれ!! ということなのである。
したがって、現今のセンター試験900点満点では、800点越えが
      医学部への第一扉
となっている。その意味に限れば、共通一次とセンター試験は、
よくできたシステムである、と言えると思う。
生徒には、90%の意味をこんなふうに説いている。
「人間はミスをするものだから、完全ということはありえない。
 医療でもミスは許されないが、0にはできない。
 だから、ミスが起きてもすぐに察知され、事前に修正できるような
 セーフティーネットが必要だ。医療は医師単独でやるのではなく、
 チーム医療である。だから、一割のミスなら周りに気付いてもらえて、
 ミスとして顕在化しないで済むもの。だが、2割もミスするようなら
 周りもカバーはできない。それが医学部は9割という意味だ。
 センター試験ごときで2割もミスするようなら、
 医師としての適性は怪しい!! ということなのだ。」と。
そういう意味で、センター試験が最低85%取れないようなら、
国立医学部は潔く諦めるべきだし、そもそも出願先が存在しないのだから。

センター試験の「難化」とは
 国語・英語・数学に文系理系の違いはないので、物理と化学について述べよう。
昨年のセンター試験後のブログで、「難化上等」といった意味の主眼は、
「ゆとり」と称する骨抜き教育時代の、スカスカの物理・化学の試験から、
ようやくまともな出題をするような時代に戻った、ということにあった。
学び方が問われる、ごまかしが効かない、まともな学力を身につけた者だけが
高得点を得るという意味で、「まとも」なのである。
つまり、物理も化学も勉強の質で差がつくようになってきたことを歓迎しての
「難化上等」ということであった。

 しかしながら、今年更に感じている物理・化学の「難化」は、
昔の共通一次時代と異なる点がある。
共通一次の時代は、理科は、「化学I」「化学II」というように分かれていて、
Iが共通一次の範囲、I,II合わせて2次試験の範囲という了解であった。
だから、当時文系であった私も、物理Iと化学Iの選択をした。
その後、センター試験へ、そしてゆとりの時代となり、Iの範囲が縮小され、
IIへと追いやられてしまい、ある予備校の化学の講師は
「範囲が狭すぎて、計算問題もつくれやしない。問題にすることろがない」
との嘆きも聞かれたほどに、スカスカの試験であった。
こんなレベルなら、学習メソッドなどはどうでもよくなる。
暗記でも詰め込みでも格好はつく。
・・・・・そんな時代の真っ只中ではあったが、そんな風潮に迎合することなく、
GHSでは教育メソッドの探求と創造をつづけていた。
『体系化学』は2008年に世に出したが、そこに至るまで、GHS内部では、
小手先の暗記ではない、本物の実力をつける教育を一貫してやっていた証左である。

今のセンター試験の厳しさ
 かつての物理I、化学Iを学び、共通一次試験を受けた親世代にとって、
今のセンター試験の物理・化学をみると「驚愕の事態」かもしれない。
というのは、まずもって理科は、実質、文系と理系に分かれている
これはまったく正しい方向である。
(だったら、理系向けに地理基礎とか日本史基礎をつくるべきだが・・・)

 問題は、理系の「化学」や「物理」である。
この試験範囲は、かつての物理I,IIとほぼ同じであり、要するに全範囲である。
理系用に理科試験をつくったので、全範囲となったのである。
だから、「一次試験」といいながら、「二次試験」と範囲は重なり、
かつ、中堅私立医学部の試験(もちろん全範囲)とほぼ遜色ないものになっている。
だからこそ、私立医学部では、センター利用の定員を設けることが可能なのだろうし、
むしろ、そういう要請からこのような試験になってきているともいえよう。

 なんのことはない、いまや少なくとも理科において「一次試験」はない
というのが結論である。
取捨選択することなく、全範囲を、記述式でもキチンと解けるくらいの力をもたないと、
センター試験も私立医学部も突破できない、という状況である。

・・・実際、GHS長野校は、個別指導がメインなので、センター試験の物理の
演習にもべったりと付き合っている。
各予備校からでている、センター模試問題集を揃えると20数回分の演習ができるが、
どれもこれも本格的で、よくできていて、楽しい問題ばかりである。
これって、「体系化学」「体系物理」テキストに準拠しているんじゃないの?と
冗談(≒皮肉)の一つも言いたくなる。
キチンと答えがでてしまえば、選べばよいので、正しいとわかる点は精神的に楽でよいが、
その背景には、キチンと立式して解くという修練を積んだ実力が必要で、
でないと正解にたどり着けないようにできている。
つまり、センター試験高得点のためには、かつてのようなセンター試験用の勉強は要らない
という逆説である。

まあ、最後に、ちょっとばかりの自慢だが、そんな難化したセンター試験ではあるが、
今年のGHS生の平均点は、物・化ともに80点越えであった!! 
時代がようやく、本物を求めるようになった、きっとそういうことなのだろう。 
posted by Koujin Amano at 23:12| 入試制度

2017年02月01日

[100] 難化,妥当?

センター試験から私立医学部入試へと日程は進み、
私立医学部入試の結果報告が届くようになった。
生徒達は明暗・悲喜こもごもの日々。

難化の連鎖要因
私立医学部の難化をうけて、GHSが2008年に私立医学部専門コースを立ち上げて、
10年ちかく……。当時、中堅私立医学部が早稲田理工より偏差値が上になった!!!!
との記事が「日経メディカル」をにぎわした。
現役ドクターや医学部の関係者がざわついたものである。
「今だったら、オレ、医者になっていないかな・・・」と。
実は、この間にまた難化は加速し、あらたな質的変化がみられたように思う。

かつては、学費の圧倒的な差があり、国立医学部と私立医学部との間には、
主に経済的問題で、受験生の明瞭な棲み分けがあった。
ところが、主に二つの要因により、この構図が今やほぼ完全になくなった感がある。

一つには、私学の学費値下げ競争が拡大したこと。
私が受験生の頃は、唯一、慶応だけが破格に安くて、東大理3受験者の併願はほぼ慶応医だけだった。
それでも学費だけで約2000万円であるが、奨学金で月16万借りられるなら、6年で1152万円。
あと1000万円弱なら、私学の理工系とあまりかわらない費用である。
そこに慈恵医大が参入した。国立との併願ができるようにしてかつ二校目の2000万円台に。
そこから、順天堂大、昭和大……とつぎからつぎへと値下げ合戦の様相となった。
結果的に、そのような大学は、それまで受験さえしなかった国立オンリーの上位層が
受験者として乗っかり、軒並み偏差値をあげたのである。
次の表は、2013年頃であるが「学費の安い順が偏差値の高い順」という
きわめて分かりやすいデータの一部である。

学費と偏差値.tiff学費と偏差値.tiff学費と偏差値.tiff学費と偏差値.tiff学費と偏差値.jpg←クリックして拡大

右欄は、駿台の偏差値である。
慶応・慈恵・順天・日医等が66-70なのは昔からあまりかわらないし、
国立医学部もそれをくだらないのも不動の事実である。
しかし、学費とほぼ逆連動して偏差値が高くなり、
その中に、昭和とか、東京医科とかが入ってきているがわかるだろう。
首都圏であること+学費の値下げ効果であるが、私と同世代には、
違和感(隔世感?)があるにちがいない。
「そんな、私学だからといって。上から目線の発言じゃないのか」
などと思う人もいるかもしれない。
しかし、これは主観や感情の問題ではなく、客観的事実なのである。
では、証拠に次の表をみてみよう。これは河合塾の偏差値である。

偏差値推移.jpg

たとえば、左端1975年頃には52.5という平凡な偏差値であった昭和大は、
右端2015年には70に迫る勢いで上昇カーブを描いてきた。
杏林や帝京などは50を切る偏差値で入れた時代、(もちろん学費は半端ない)それも今は昔。
すべての私学医学部が偏差値65の時代に突入したといえる。
「今ならオレは医者にはなれないかな・・・」という親の世代の嘆息は、切実である。
たとえ子どものためにいくら学費を蓄えていようとも、偏差値50ちょっとで入れる医学部は
もはや日本中探しても0となったのだから。

もう一つの要因は、最近とくに目立ってきた「センター試験利用」の受験枠である。
これなら、センター試験を受験して、とくあえず願書をだすだけでよく、
とりたてて私学の過去問を研究するといような「対策」はいらない。
最初から国立医学部向けに勉強していればいいのだから。
 実際に、センター試験利用で、順天堂大にすすんだ2人のGHS卒生がいる。
昨年、今年と卒業年を迎えた。2人とも国立医学部志望であり、
センター入試で入った者達である。
もちろん?稼業は医師ではなく、親戚から資金援助をうけたり、
奨学金でまかなったりすれば、無事に卒業できることを示している。
この二つの要因がなければ、二人が私医大のイスを占めることはなかったのは確かだ。

この傾向に一層拍車がかかってきたのが現今の私立医学部入試である。
「ついに、2000万を切る1850万の私医大が登場!!」
今年はじめての募集を行う国際医療福祉大学である。
フタをあけてみれば、予想を超えた激戦となったもようである。
学費ランキング.jpg










2017年の学費ランキング
もはや「医者の子弟→私立医学部へ」「サラリーマンの子弟→国立医学部へ」という構図は
完全に過去のものとなった。後者が私立医学部を受験するのに抵抗や障壁がなくなってきた。
そのため前者は、割を食って、行き場所が狭くなり、多浪化がさらに加速している。
2浪、3浪……でGHSの門を叩く生徒も珍しくなくなった。

「親が医者だから医学部」という動機自体は、親の姿をみて育つという意味では正しいが、
もはや、医学部受験のモチベーションとしては頼りない感じさえする。
その前にまずは優秀でなきゃならない。それはまあ、当たり前といえばそうだが。

今年の事例
あるGHS生からの中間報告。
英語182,数学191,化学92,生物91 556/600 得点率92.7%
国立医学部志望ではなく、私立医学部コースである。
この生徒は2浪目に東海方面からわざわざ上京してGHSにきた。
英語はできる方だが、理系はだめ・・・という‘“GHSへの適性”としては抜群で、
相性よく、この一年で理科も数学もずいぶん伸びてここまできた。
国語や社会がないという違いがあるものの、この得点率は、
東大理3の受験者平均じゃないかと思うほど優秀な成績だ。

私医大のみでも、センター試験は受けるほうが、受験機会が増える。
今や、センター試験は私学をとりこみ、医学部受験のキーワードになりつつある。

1月後半から、杏林や国際医療福祉大学をまずは受験した。
結果、後者には一次合格したが、杏林一次は「補欠の●十番」ときた。
「おいおい、こんな優秀な人間が、あのキョーリンの補欠かよ,WHY!!!!!!」
「いったいどれくらいデキる学生が受験しているんだ?????」
……例によって我々世代のDr.たちは一層深いため息をつくにちがいない。


これほどに医学部志望が加熱したのは、先の要因の背景にある、
社会の先行き不安・安定志向であるだろう。
一昔前の安定志向は、公務員か、大企業かであった。
これには少子化の影響もあるだろう。子どもが少ないと、一人当たりの教育費は上がる。
それは、夙に指摘されていることだから、ここで深堀りする必要もなかろう。

ゆえに、これから医師になりたい、と希望する受験生には、いっておきたい。
「淡い夢」ならやめておきなさい。成績優秀でないと入れない。
すこしでも甘さがあればムリ。
抜け道も安易な道も、裏道もまぐれも何もないのだから、「偏差値65なんてムリだ」
と思ったら、早目に別の道を探しなさい、と。
受験生自身も親も、過去のモノサシを切り換えて、改めて「医学部受験」を考えることが必要だ。

このような私医大の難化の加速は妥当なのかという疑問はあるにはあるが、
しかし、難化すればするほど、まともな方法論・上達論が必須になってくる、
その点では、時代に左右されない教育メソッドを探求しつづけたGHSにとっては幸いなり、
慌てもせず受け止め、今まで通りを貫く所存である。
posted by Koujin Amano at 15:43| 入試制度

2014年01月18日

[64]本日はセンター試験なり

 昨夜・今朝と、物理の〆として「原子物理」の授業を終えたところ。
さすがに対象生徒は少ない。そもそも私立医学部は「原子物理」を
試験範囲から
外すところの方が多数派であるし、その中でセンター試験を受けない受験生
となると少数だが、それはホントに原子物理が必要だということだから、
直前の集中講義で貴重な数点をもぎ取れるようにしてやりたい。
・・・というわけで、これで今年度も一区切り、毎年思うことだが、
生徒との付き合いの日々はあっという間だ。

サヨナラ,センター試験
 さて前回は、センター試験の良いところを敢えて挙げてみた。
正確にいえば、「原点において良かったところ」であり
それが経営的現実との妥協と、ゆとりと言う名の“へたれ教育”との相乗作用で、
変節を重ね、骨抜きになってきた歴史がある。
 「センター試験」制度自体はあと少しだが、現時点で受験する人の目には、
今のあり方しか見えないし、関心がないものであろうから、
私自身、たまたまその最初から最後まで居合わせた者として
今回は、その変貌・変質ぶり記しておこうと思う。

 原点におけるセンター(旧・共通一次)試験の「美徳」は、
“選択の余地がない”という点であった。(理由は前回参照)
もっとも理科と社会は選択できたが、各々二科目ずつというのが
出発点の姿であった。
 高校卒業時の学力認定試験という意味では、制度の主旨は
まったくの正論でありあるべき姿だったと思う。
 ただしそれには前提が必要だった。それはいうまでもなく、
高等教育の中身がまともであること、学力をつけるような教育が行われていること
試すべき学力がついているということだ。
 現実には、それなくしての「理想形」の先走りであったから、
当然に受験生の負担を増やすだけだ」、「暗記と詰め込みを助長するものだ」
などと批判を受け、かつ、低学力・低得点者層が増大していき、かつ、
センター試験のない私立に受験生が流れる……ということになった。

定員割れを防ぐための妥協
 地方の国立大学は定員割れがゼッタイ許されない制度になっているから、
「国立離れ」(東大・京大等は関係ないが…...)を食い止めることが必要だった。

そこで「受験生の負担軽減」の大義名分に乗っかってセンター試験の
骨抜きが始まることになった。たとえば「共通一次」といいつつ、
大学・学部ごとに受ける試験の科目が増減できるようになった。
これでは「共通」でもなんでもない。つまり、受ける大学を選べば
受験生は「手抜き」(いやいや「負担軽減」か)ができるようになった。
高校卒業時としてあるべき学力の判定試験」という理想形
そうやって現場の要求のまえに崩れていく。
わかりやすく言えば、受験科目にないものは勉強しなくてよい、
ということを受験生だけでなく、学校も進学率向上の名目で
それに手を貸し、学力が矮小化していく。
どうやったら学力が向上するか、どうすれば高卒といいうる
偏りない学力をつけてやれるか、これこそが高校教育の本質的問題で
あるべきなのに、そこは変わらないまま制度の方をいじるわけだ。

少子化とゆとりと私学の経営
 次なる変節は、私学の参入である。国立はセンター試験、
センター試験がいやなら私学、というのが昔は普通だった。
ところが気がつくと、センター試験利用の私学受験が可能になり、
センター試験の中から必要なだけ選んで受験し、二次試験もなく、
それだけで入れる大学さえも出現した。
ランチのバイキングじゃないんだから・・・・と苦笑する。

繰り返すが、試験そのものが負担なのではなく、
それを負担に感じる低学力と、教育の低迷が本質的問題なのだ。
 
少子化もあり、私学も定員割れ、学部閉鎖、学校倒産という
深刻な状態になってきた。
・・・病院だと医師とか看護士に下限があって、入院患者が
少ないのは経営悪化となるが、医師不足になると保健所の指導で
病棟閉鎖になってしまうが、似たようなものか・・・・

規制緩和とやらであちこちに大学が増えたのが
そもそもいけないのだが、すると問題作りや採点をする人手も手薄となり
外注したりする。あろうことか予備校に頼んだり(まあ一応問題はないのだが)
あるいはセンター試験を利用する、というわけである。

簡単な話だが、大学にいくに足りない学力のヤツは大学なんぞに行かなくていい
のであり、大学は学問の府なのだからそんな学生をとってまで教育を施す
必要はないのである。
運転技量がないとか交通ルールが覚えられないヤツは、自動車運転免許証は
もらえないし、与えるべきではないし、
大相撲やりたいヤツは規定以上の身長と体重が必要で、それ以下なら入門できないし、
また、すべての国家資格試験のように、全科目に合格点がとれないと、
その仕事につけない、これと同じ当たり前のことなのだが、
「定員割れ」とか「経営」とかいう別次元の問題によって歪められてきた。

平均点とか科目間の公平性とか
 国が行う試験という宿命から、科目間格差とかがあっては
ならないわけである。そこで理科では、物理や化学から点差が開きやすい
計算問題がごそっと範囲外になった。
『体系化学』でいうと、8つの基礎公式は、初期のセンター(共通一次)試験では、
すべて範囲内であった。ゆとりと言う名の過保護教育にかこつけて、
その2/3が化学I(ないし化学基礎)から追い出された。
物理にしても、おどろくべきは、力学では運動量保存則は範囲外であり、
そんな力学はもうインチキだってわかりきっているのに、理科の平均点を
そろえるために、センター試験はついに指導要領まで骨抜きにしてしまった
ことになる。
ふつう時代が下ると、それだけ文化遺産は増えるのだから、学ぶべき知識は
増大し、それをどうやって整理して教え学ぶかをこそ考えねばなないはずである。
そういう歴史発展の流れに逆行することが長続きするわけもなく、
結局、制度そのもののリセットとなったのである。

うやってセンター試験は、実質、上位・難関校を目指す人にとっての
二次試験受験資格試験となってきたといえる。
なんだかんだいっても、国立医学部を目指す者は、理系といえど
国語も必須だし、古文、漢文も社会も必須である。
それで8〜9割の得点が要求されるのだから。
それとは別に、高卒認定試験として、高卒として最低限の学力を担保する試験に
分割することは自らが招いた事態を収拾するに必要な処置なのであろう。

願わくば、中途半端な学力のまま「卒業させられる」高校生を
なくす為に「新共通試験」が機能すればよいのだが。


posted by Koujin Amano at 13:07| 入試制度

2013年12月10日

[63] 入試制度「改革」とやらは...

身辺抄 
 信州に居を構えて早10年となり、GHS講師歴の半分は
ここからの通勤を重ねたことになる。
今年、あるきっかけから住宅リフォームを
行う運びとなり、
それが先月末ほぼ終了したところである。
何事でも「現時点での最先端」であったものはやがて当たり前となり、
あるいは、一昔前のモノ
なる。

 リフォームに至ったのには、いくつかの要素が揃ったからであるが、
理由の一つは、新築時の「最先端」の10年後が未定であったということだ。
たとえばテレビの当時の最先端はプラズマテレビであったが、
ブラウン管テレビは円熟の域にありしかも激安、
プラズマか液晶かの行方を見定めながらその時を待つことにした。
なによりも、住宅メーカーの方も
リビング壁にあわせた収納が、
奥行きの深い
ブラウン管向きタイプ
しなかった。
やがて液晶テレビに軍配が上がり、収納部の
奥行きが数十pも余ってしまう。

そのスペース分は部屋全体を広くできるわけだから、

作り付けのリビング
ボードを壊して、
テレビは壁掛け
とした。

これは当時では「物理的に」できないことだった。


その意味では、子供部屋もしかり。結果的には七歳離れての男、女の順であったが
これなどは予想しようがない。上の息子が大学に行く頃、下の娘はまだ小学生、
それにあわせた変更が必要となったというわけである。

逆に10年後が読めたものもある。それは無線LANとエコキュートだった。
いずれ普及し進化することは確実に思えたので、その導入時期をまったのである。
これが第2の理由である。

もう一つの理由は、四季を通して住んでみないとわからない点である。
これなど設計の時にはどうにもしようがないし、周囲の環境の変化という
こともあるし、時が経て漸く現れてくるものもある。
たとえば、壁を一部ぶち抜いて夏の間の風の通り道をつくってもらった。
住んでみてこそ風の流れに気付けたのである。


センター試験の「功」......
 GHSの塾長ブログ2013-10-16でも取り上げられているが、共通一次〜センター試験とつづいた
30年の歴史がついに終わり、新制度改革となるらしい。

共通一次、改め、センター試験については、色々に批判されているだろうから、
私はあえて、センター試験の「長所」を述べておきたい。
というのは、新制度が、「産湯とともに・・・」のような愚かな改革でないことを
願うからであるし、その評価の尺度にもなりうるだろうからである。

私自身は、共通一次世代である。高校時代、「共通一次が始まるぞ!」
という話に戦々恐々としたものである。そんなちょっと昔話....。

国立大学受験が大半であったウチの高校は、よくある地方の県立進学校である。
そういう伝統もあり、一年生のうちからすべての科目を履修したものである。
一年生が、生物と地学、地理と倫理社会
二年生が、物理と化学、世界史と政経、
三年生では文理にわかれたが、文系として日本史を履修した。
理系は化学IIとか物理IIにすすむわけである。

形としてはすべて履修するのだから、
共通一次にあたっては、好きな科目を自分で選べということである。
まあもちろん、教わった内容やレベルは満足ではなかったが、
       すべてのテーブルを用意する
という姿勢を崩さなかった我が高校には今更ながら矜持を感じる。

別の面からいえば、「そのテーブルに出された料理が満足できなかった」から
私自身は、今までGHSにおいて、その欠落を埋めようとして来られたのであり、
「テーブルについた」ということだけでもとりあえず意味があったなあと思う。

どれを選んでもいいように全科目を履修させる、それが教育する側の良心であり、
その外枠をはめるものとして機能したのが共通一次試験であったといえる。

要するに、高校では理社すべて履修したことになる。こんなことはホントは当たり前の
ことなのだが、これを聞いて驚く受験生も少なからずいることだろう。
・・・・というのも、昨今の高校では、履修科目を絞るらしい。
GHSの授業で生徒に聞くと、たとえば化学・生物選択と早々に決めさせられて、
物理の授業とは名ばかりの無内容で、実質0で卒業したとか、
日本史は教科書をもらっただけ....?とか、ひどいのになると、
すでに私立高校受験の段階で、中学校において「理科や社会が受験科目にないから」
中学の内容がほとんど残っていないとか、授業そのものが受験科目に置き替えられていた
という有様である。……教師と生徒との「妥協の産物」としてのグレーなやり方である。

人間というものは皆、どうしても易きに流れるものだから、逃げ道を用意してやれば、
否応なくそこに引かれ、レベルが落ちていくものなのである。

その意味で、共通一次の初期は、必修科目に選択の余地がなかったし、
理科も社会も二科目選択の1000点満点という硬派なものだった。
地方の県立の進学校でそこそこの成績でも、80%取るのは中々難しかった
試験問題であるから、受験生にとって巨大なハードルとなったのは確かである。

・・・・となれば、当時の私は京都大学を志望する以上妥協も逃げも許されなかった。
どんな壁であろうがハードルだろうが、そこを乗り越えねばならない、それだけである。
すくなくとも、難関大とか医学部志望を口にするのなら、
「逃げ道」を考えただけでアウトと知るべきである。
これをすべての受験生に適用すれば、たしかに「新たな受験地獄」をつくった
だけであろうし、教える側も負担増であったはずだ。
しかし、対象を限定するならば、話は別だ。
「いやしくも最高学府を目指すなら、この程度の試験で80%はとらないと受験資格なし」
「医師を目指すなら、10%以上のミスをおかすヤツは適性なし」くらいの厳しいことを
いってもいいはずである。社会に対するそれだけの責任を背負うのだから。

 それゆえ、「妥協の余地がない」・「逃げ道がない」
・・・・これが初期の共通一次試験の美点であったとあえて言おう。

だから(?)、今回の新制度提案の中にもあるようだが、この初期の妥協を許さない精神、
要するに、
「大学に行って学問したいなら、それに恥じない勉強をして来い!」
「大学は学問の府である、勉強で楽をしたいなら来なくてよい」
という姿勢を貫いた「新共通試験」を‘復活’させてほしいところである。

 当時文系であった私が、地元の小さな予備校での一浪時代に一番勉強したのは、
物理であり化学であった。得意であったのではない、まずもって、
     物理や化学をとるのは科学の学びとしては当然だ
という気持ちがあったからである。文系を選んだ者としての、若さも手伝っての
矜持であったと思う。もちろん、それは共通一次試験に課せられていたからであるが、
極端な話、それがなければ医学部再受験ということも発想できなかったかも知れない。
理系として「物理IIと化学IIも学んでみたい」と思えたのはその土台があったからである。
もしそれがなければ、『体系化学』はなかったかも知れないのである。

センター試験の「善行」
 さらにもう一つの「功」といえるのは、国語に選択の余地のない古文と漢文を入れ、
配点を半分100/200点も与えたことである。
 漢文の授業は、高校一年時に、週一コマ50分だけであった。古文はもう少し多かったが
特に漢文などは、理系にとっては「ムダ」と映るもので、もし試験科目としての
縛りがなければ、曲がりなりにでも学ぶ受験生がいなくなるであろう。

 実際、私立の文系しかも文学部でさえ、入試で漢文を課している大学はほとんどない
現状をご存知だろうか。主たる理由は、「そんなことをすると受験者が減る」からである。
経営優先、商業主義の前には、「漢文」の長き伝統も無力なのである。

ところが、この流れに完全と逆行するのは
東大であり、理系にさえも
二次試験に国語課すのみならず、古文・漢文も出題する、というスタイルを堅持している
ことはさすがに立派な見識だと思える点である。
(私的なことを言えば、そのおかげで国語も点を上乗せすることができたゆえに、
合格できた面がある。)

 とっかかりは「試験科目にあるから」であっても、そのテーブルにつけば、
図らずも段々と身になって行くこともある
。よい指導者と出逢い,開眼することも
あるのだから。私自身も、そのおかげで古文や漢文のために相当なる時間と努力を
費やすことになったのは事実である。
その与えられた機会を活かすか、モノにするかは本人の主体性次第ともいえる。


センター試験の「鎖」
 共通一次試験のそもそもの善なる目的の一つは、大学入試の難問・奇問をなくす、
ということであった。各大学が自由勝手に入試問題をつくる結果、解く価値も、
意味もみえない、どれが「正解」かもわからない入試問題が ‘問題’となっていた。
 これに対して、共通一次試験は、大学入試センターが一元的に作成し、
かつ、なんと
「正解」を公表するようになった。これは画期的なことだった。

 これで問題を作る側には「重い鎖」がつくことになる。
「はたしてその答えがちゃんと導けるのか」「別解の可能性はないか」
そういう目でみる全国の受験生、高校の教師の存在、そして、
なによりも予備校の講師達の厳しい評価に晒されることになるわけである。
さらに、内容の思想的な偏りの有無とか、難易度のバランスなど多くの項目が、
毎年査定されることになったのである。

 そのため、問題作成にあたっては、事前に幾重にも推敲することが必要となり、
とりあえずは、万人が「答え」と認めるものが「答え」であるという状況が作り出された。

 ニュースによれば、「新共通試験」は、二種類となるとのことである。
高校卒業の学力を担保するための資格試験的なものと、もう一つは、
選抜試験的なものとのことだが、こちらこそ上で述べた「功」を受け継いだものに
なることが肝要だろう。
 共通一次試験は、その一般的理念はまあよかったにしても、
何を問うのか、どんな学力をみるのか、といった試験問題の質という点や
現場の指導力の質的向上という点からみれば、時代的に尚早であったともいえる。
どんな学力をどうつけるか、という現場に下ろすべき教育メソッドもなく、
選択の余地のない硬派な試験を導入したものだから、低いままの学力にあわせて
問題を易しくし平均点を調整したり、指導要領を改訂して内容を減らして
「ゆとり」をもたせる羽目になった。

そのためたとえば化学などは、計算問題の大半は化学IIに追いやられてしまった。
文系だった私が、共通一次試験のために身につけようとしたかつての「化学I」の
多くの部分が、今のセンター試験では、範囲外という有様である。
『体系化学』があのような構成をとったのは、そんなインチキな線引きに
迎合せず、化学のあるべき学び順を提示したかったからに他ならない。

またさらに、必ずしも想定されてされていなかった少子化による大学経営の悪化があり、
またその補填のために予想以上に商業主義に流れた経営陣によって、
試験制度の骨抜きと、「現場」への妥協がこれに拍車をかけた。
国立も私立も、「定員割れ」という事態をおそれるあまり、易しく狭くなった
センター試験をさらに軽くし、選択式にしてしまった。
そうして、「知識暗記」レベルの学力さえももたない低学力受験生と、
それでも大学生にはなれるという状況が蔓延したのである。

その意味で、約30年も経過してのリフォーム案には、遅きに失した感も否めない。       
                              《続》

posted by Koujin Amano at 09:23| 入試制度

2013年01月25日

[53]センター試験の時候に想うことなど

受験時代....
 今年度のセンター試験も一応無事終了した模様である。
振り返ってみると、私の現役時代は「共通一次試験」といったが、
当時、受験システムが単純であったことと、大手予備校の
強力なデータ分析能力によって、見事なまでに
共通一次の得点による大学のランク付けが完成してしまった。
当時は5教科1000点満点で選択の余地はほとんどなかた。

「京大法に入るなら850点、経済なら840点か...」という具合に。
しかし、私が京大・経に入った年は、後から発表された
合格最低点が法と経で逆になっていて、
「やっべぇ〜、危なかったかな〜。ランク付けも、結局は
アテにはならんもんだな〜」と学部仲間と言い合っていたことを
思い出した。5教科7科目の選択の余地なしという硬派な制度から
スタートしてちょっとずつ、緩和措置がとられていった。

2度目の受験の時は、その反省の時期にあたっており、
前期・後期にあたるA日程、B日程、さらにC日程なんてのも
あって、東大と京大が足並み揃わず、私が受験した頃は、
東大理3と京大医が掛け持ちできた「希有な期間」にあたっており、
昔の担任の先生は、文系から理転し毎年のように調査書を依頼する私を
不憫に想ってなのか、頼みもしないのに2通送ってくれたっけ。
・・・でも私は理3「専願」だったので・・・もう過去の話。
私が東大受験の頃は、大学毎に科目や配点を決める現在のような
カタチになってきて、「大学の序列化」は世間一般の目には
巧妙にカモフラージュされるようになった。
もっとも私自身は、大学、学部選びで迷ったこととか、比較対照した
ことがないので、そういう尺度とは無縁であったが...。

3:1から4:1へ
 さて、ここに掲げた比率は何かオワカリだろうかd( ̄  ̄)
ここ10年での、志願者の現・浪比率の変化である。
平成2年は、センター試験受験生は60万人、浪人生15万人に対して、
現役生が45万人であったものが、少子化がすすんだ今年、
総数は、55万人に減少したものの、その減少分は浪人生であり、
結果的に約40万:10万=4:1となっているというデータである。

それは要するに、昨年末の新設大学認可騒動で表面化したように、
大学・学部定員は少子化にも関わらず減っておらず、
要するに、高望みさえしなければ、浪人しないでも
とにかく入れる国公立大学はあるということである。
だから、大手予備校は浪人生の減少に伴う、収益悪化に直面している。

バブル華やかなりし時、私の2度目の浪人生活は東京であったが、
「一浪くらいは当たり前」、「予備校ライフもワルくない」...という
雰囲気に満ち、実際、大手予備校には実力・人気・パフォーマンス力を
備えた高給取りの講師がずらりと揃っていて、
本当に尊敬に値する、中身のある授業をしてくれていた。
高校ではかなわなかった受験生としての実力を涵養してくれる
浪人生の「憧れの場所」であり「人生を変えるための場所」であった。

大手予備校の陥穽
そんな大手予備校のビジネスモデルが崩れ去ろうとしている。
〔1〕東大・京大に合格できるそうな優秀な生徒をなるべく集めて、
  合格実績を出す。元々優秀で勉強好きでヤルキがあるのだから、
  環境と講師さえ整えればよい。
〔2〕そのために模試成績優秀者や学校指定により「特待生」を認定し
  授業料等を安くしたりタダにしたりしての取り合い合戦となる。
〔3〕その「実績」や派手な宣伝などで「普通」の生徒達を沢山あつめて
  利益を上げる。
・・・とまあこんな具合だ。私自身がその恩恵を受けて過ごしたから
よくわかる。私は有名進学校出身ではないが、東大の模試受けて基準
以上の良い成績だったのだろう、そういう案内が届いた。
たしかに、文系から出発して足掛け3年目には、理3がB判定まで到達
していて、翌年合格したのだから、今更ながら納得である。
 そして、予備校の校内模試で一定の成績をクリアすると、「表彰」
というカタチで、払ったお金が戻ってくる仕組みだった。

 当時、それを積極的にやらなかったK塾は、東大進学実績で遅れを
とっていた。ひょんなことから、そこで採点などの仕事をするように
なったときに、進学担当責任者に「だから、おたくを選べなかった」
と話したら、「やはり...」と悔しがっていたことを思い出す。

この大手予備校全盛時代のモデルが二重の要因で崩れてきたのが
この20年くらいの変化である。

一つの要因は、明らかに「少子化」である。
上に挙げた数字でもわかるように、10年間で受験者は5万人減少したが、
そのほとんどは浪人生の減少である。
だから、現役生対象の予備校が成長する。▲田塾とか、◯進スクールとか、
現役生をいかに囲い込み、現役合格させるかが今やもっとも重要な経営課題
となっている。当然に、それまで浪人していた人が減っていく。
器が大きい大手ほどに影響が大きくなる。

変化の中の不変
もう1つ、「浪人生が減った」といっても不変なものがある。
それは東大・京大等難関大志望者数と、
最近の顕著な傾向としての医学部志望者数は、
増えることはあっても減ることはない、という事実である。
しかし、特待生を乱発した昔と状況は違うとはいえ、
大手にとってはやはりそれらの「偏差値上位層」は
必ずしも収益の対象ではない。

さらにその足を引っ張っているのが、少人数制の予備校の増加である。
「少子化」とは、要するに一人当たりに教育費を掛けられる、
ということだから、大教室で一方通行の授業より、少々学費が高くでも
一人一人に目が届き、面倒見が良い少人数制を.....という選択はありうる。
東大受験生も、医学部受験生も、そちらを志向すると、
塵も積もれば山となる....であり、大手の集客構造を脅かしている。

私の受験時代は、大手予備校が地方に進出し、地元の中規模予備校や、
良心的な塾を食い荒らし、潰して回った状況であった。
高校時代に模試を受けにいった地元予備校が、帰省するとなくなっている、
ということが多々あった。
今や、そのリベンジが始まったかのように、大きなキャパを抱えた予備校ほど、
生徒減少の影響をヨリ強くうけて、収益悪化に喘いでいる。
すると、高給取りの人気講師を維持できず、他にヘッドハンティングされる
ということも起こってくる。
「どんな講師が、私に教えてくれるのか」それが人生を分けることは、
優秀な受験生ほど分かっていて、厳しい目で選定するものだ。
・・・私の場合、東京に出て来て最初Y予備校に特待生で通ったが、
化学の大西先生に教わることができたのが何よりの幸運であった。
(大西憲昇先生は、平成となって程なく逝去された)
私は物理選択であったが、生物の先生も有名で、その時間だけ
S予備校から出張してくる生徒もいたほどだ。
その後、物理の師を求めてS予備校に行き坂間先生(故人)の講義を
うけることができて満足した。ようやく高校時代から求めていたものに
辿り着いた感じであった。

こうやって振り返ると、つくづく私は良い時代に大手予備校に通ったものだ
と想ってしまう。再受験、自活するのがやっとで、お金がなくてもなんとか
結果が出せたのであるから。
ちなみに、親には「合格事後報告」。心配はかけたが、ないスネを
かじらずに済んだのが救いか....。

GHSの原点
 「GHSでなければ伸びなかった」そういう生徒をどれだけ
輩出したかを実績だと思っている。極端な言い方をすれば、
他にいっても伸びる生徒にはあまり興味がない。

 GHS創成期には、実績もなく、優秀な生徒などくるはずもなく
皆大手志向であったから、集まってくるのは、失礼ながら
「箸にも棒にもかからない」のに「何でそんなに志望が高いの?」
という生徒がほとんどであった。
 だから、そういう鈍才を伸ばしてやれるメソッドを必死に
追求したのである。優秀な生徒ばかりであれば、従来の方法でも
なんでも良かったのであろうが、...『体系化学』に書いた通りである。
少子化であろうと、大手がどうだろうと、GHSの原点は不変で、
軸足も不変、毎年の発展こそがGHSのアイデンティティーであり、
それが、本業をもちながら続いている原動力でもある。
posted by Koujin Amano at 18:17 | TrackBack(0) | 入試制度

2012年07月31日

[47] 少年時代・夏

地区育成会
 東京から離れてもうすぐ10年にもなるが、地方に暮らすと
地域の地区の活動が、我が少年時代と同じように息づいている。
そんな中,小6の息子をもつと、「地区育成会会長」の役が回ってきた。
まあ、これを引き受けると、小学校のPTA役員という平日招集のかかる
(自営業か公務員しかできない役目)を回避できるという,
家内の熟慮の末の、妥協の上の、ギリギリの選択であった。
 昔は「子ども会」と言ったが、いつしか名称が変ったか、
それともローカルな呼び名なのかはわからないが、先週の土日は
一泊二日のキャンプであり、保護者含めて50名ほどの参加者の
マネジメントを三役で仕切ったばかりである。
宿泊場所選定・下見・予約・食材買い出し・イベント企画・
市役所への補助金申請等々、かつて自分の親の世代の片達が
その時代なりに苦労して子ども達の世話をしてくれていたことに
思いを馳せ、遅ればせの感謝の念を抱いたものであった。
・・・月曜日からは、朝の恒例ラジオ体操が近くの公民館にて
開始となった。昨今は一週間で終わってしまうようだが・・・
これは時代のちがい?なのか、ローカル色?なのかわからないが、
おかげで、私のGHSの夏期講習は異例の8月開始となってしまった。

そんな中の『医大受験 第4号』
 8月半ば、盛夏の中に刊行されるvol.4であるが、先日校了した
ばかりで、行事とも仕事とも重なって、しかも前回書いたように
新たに「医薬エッセイ」までページをもらってしまって(-.-;)
いつ、どうやって書こうか・・・・と悩んでいるヒマがあれば
書けばいいだけのことであるが、近況からご推察いただきたいが、
どうにも「まとまった時間」がとれなくなっている。
 どこかですでに書いたかも知れないが,私が原稿に向うときは
内容はほぼアタマの中でできているので、それをイチドキに文字化する
まとまった時間があればよい。
 すると、その文章化のプロセスの中ですでに出来上がっていた内容が
客観視できるにつれて、さらに内容が発展し、新たな展開を生むという
カタチで原稿となる。基本的に参照文献はないから書き出したら早い。
 それを数日寝かせて、読み直して、さらなる客観視を通して
修正加筆して完成となる。
 今回は、その‘イチドキ’が見いだせなかったのがとても困った。
それでも辛うじて、結局はエッセイ含めて都合4本の原稿となったが、
けっして書くことは「苦」ではない。
 それは思考の客観化であり、それが対象化できて、アタマの中から
完成形態として出て行くことは、そこに新たなものを生み出す余地を
新たに作り出すことでもあるからだ。

もう2週間もすると店頭に並ぶであろうが、医薬エッセイのちょい
前バラシをすると、薬と「光学異性体」の話である。
しかも、現役バリバリの新薬が、有機でおなじみの光学異性体と
どうかかわるのか、という話である。
 エッセイなので、何でもありという気楽さで、時に予備校講師、
時に医師としてゆらゆらと移ろいつつの筆の運びを自らも楽しんで
いる次第、知的享楽を共有していただければ幸いである。 

posted by Koujin Amano at 23:00 | TrackBack(0) | 入試制度