2017年09月13日

[106] 想い出の記 / Eさんのこと ‘思えば遠くに来たもんだ’

夏期講習と夏期休暇
 8月といえば、予備校は夏期講習の最中ではあるが、夏期講習の期間の
大学の夏期休暇は、GHS卒生が代わる代わる訪問に来てくれる嬉しい時期でもある。

この春に、東海地方の私立医大に正規合格を果たしたEさんが訪ねてきてくれた。
昨年は幾つか一次合格にこぎつけたが、わずか届かなかったらしいが、
今年は「正規合格」である。これが昨今どれほどの難事で憧憬の的であるかは、
少しでも医学部受験にかかわった人ならよーくわかるはずである。
でも、よくわからないという人のために簡単にいっておくと、
たとえば、東大などは、合格者に正規だの補欠だのという区別はないものである。
合格すれば入学するのがふつうだからである。東大に入りたいから東大を受験するのだから。
ところが、医学部受験生は医学部に入りたいのであり、かつ
私立医大は一人が何校出願してもいいので、合格者は重複する。ある医大に合格しても、
他の合格した医大があれば、そちらに進学する可能性がある。
しかも、昨今は、国立医学部志望者が、少子化と時代趨勢と学費の値下げ合戦などが
相俟って参戦してくるから、国立医学部に行ってしまう人もいる。
いきおい、それを見込んで合格者を多めにだしたり、補欠合格者をだして繰り上げたりする。

だから、「正規合格した」というのは、そういう者達と肩を並べて遜色ない学力に達した、
ということになる。狭き門のさらに第一ゲートである。
だから周囲の受験生の反応も「すごい!!」となるのである。
しかしながら、いささか失礼ながら、EさんがGHSに来た時、正直なところ、
こんな未来が待っているとは想像できなかった。出発点は低いというより「無」であった。
そんなEさんへの想い出の記。


地方の一貫校のジレンマ
 Eさんは、甲信越地方の私立の中高一貫校を出てから、GHSにやってきた。
なんとしてでも医学部にいきたい!!という意気込みと意志は感じたが、
如何せん、受験勉強に入るための基礎学力自体がない。
ここから医学部とは・・・、長く、遥かに険しく、何の保証もない道だなぁ・・・
最初の数ヶ月のEさんの知識の希薄さをみるにつけ、暗澹たる思いになったものである。

内部進学ができる中高一貫校は、原則として受験指導をやろうとしないから、
授業は教科書レベルを出ず、その範囲をきちっと定期テストで点がとれているか、
教師も生徒もそういうモードになる。テストが終われば忘れてよい、
また次のテストだ、という近視眼的な、表面的な勉強が染み付いてしまう。

しかし、医学部入試は、高校課程の全範囲からどこがでるかわからない。
膨大ともいえる知識を頭に入れた上で、入試問題を限られた時間で解き切る必要がある。
中学入試や高校入試で、難関目指して、しっかりと勉強した経験があればまあましなのだが
地方では県立高校が優勢なこともあって、私立の一貫校に入るハードルは高くない。
中学課程の三年分さえ、きっちりと頭に入れることなく高校課程を迎えることになる。
もちろん、内部進学ならそれで問題ないが・・・・。

そんな環境で高校時代を過ごしたこともあり、Eさんは結果的に、
医学部入試の勉強を始めるための学力に達するまでに2年を要した。
英語、数学、生物、化学すべてをGHSで再履修すること、
いや、はじめてしっかりと応用に耐え得るような基礎をようやく学べたのである。
とても美しい字で、整然としたノートを何冊もつくってその試練に耐えた。

厳しい中学入試や高校入試をくぐらなかった分、全科目の全知識が入る頭になるのに一年、
それが実際に入って馴染むのに一年、つまり、まともな高卒学力を得るに2年かかるものである。
そうやってはじめて、自分が高校時代に何も学ばされてこなかったことを悟った。
曰く「中高一貫校になった初年度は、とにかくいい先生ばかりその学年に固めたんです。
   つまり、6年に一回だけいい先生グループにあたるけど、私はそのハズレの学年。
   今思うと、何一つ入試につながるレベルのことは教わっていなかった・・・・」
これで大きな岩壁を登りきったわけである、が・・・・。

これ以上勉強できない・・・
 2年目を費やしてここまできたEさんであったが、それはまだ、ただ高校課程をまともに
卒業したレベルにすぎない。学部を選ばなければどこでもいけるが、医学部になると、
ここから、入試のハイレベルに対応できる、偏りなき学力とスピードを身につけなければならない。
岩壁をのぼりきったとき、さらに大きな岩壁がそそり立っていることを入試で思い知らされ、
漏らした言葉「私、これ以上勉強できない・・・」
私がEさんから聞いたGHSでの最後の言葉だったように思う。
Eさんの出発点からして、医学部はどこも、高い高いハードルであったから、
これ以上は無理かな・・・・という感じさえ覚えた。

そこから一年後の昨春、Eさんからは音沙汰なく、
そこから、今年の合格に報に接するまで、さらに1年の月日が流れた。
この間は、基本的には予備校に通わず、一人で勉強していたと。
科目によっては個別指導を受けてはいたらしいが、基本的には、この2年の学びで、
「あとは自分でやるだけ。たくさんやって身につけるだけ。」ということが分かったのだ。

2年の雌伏の期間、GHSでの学びを身につけるべく、ひたすら実戦レベルの訓練をしていたのだ。

正直いって、「正規合格」は信じ難かった。そういう出発点であったことを知っていたから。
心底、嬉しかった。Eさんがもし、最初にGHSの門を叩かなければ、
高校課程の再履修がしっかりできないまま、小手先の暗記に終始し、伸び悩んでいたことだろう。
その出会いから、「正規合格」という歓喜までの4年間、その初心を貫く意志の堅牢さには
惜しみない賞賛をおくりたい。

だから、これを読んだ受験生には、ゆめゆめ「私もあとに続く!!」などと思わないでほしい。
受験生諸君を激励するためにこれを書いているわけではない。
ここまではできない、許されない、と思うなら、なるべく早く別の道を探すべき!!と訴えているのだから。

これは実に大変なことなのだ。登りきった岩壁の先にそれより高い岩壁があったことに気づいた時の絶望感、
それは、登りきったものでないと味わえない。
そして、そもそもそこまで登れないで挫折する人の方が多いのであるから。
絶望感を受け止めて、そのさらなる岩壁をやっぱり登るしかないと腹を決めてけっして諦めない根性、
それが自らにあるかを真に問うてほしい。
その上でのやる気であれば、GHSの教育理念と独創メソッドは、君に「共鳴」する。
posted by Koujin Amano at 11:27| GHS卒生

2017年03月18日

[102] 想い出の記 / T君&Y君のこと

先日、GHSで新年度に向けてファイルの整理や掃除をしていると、
今年、難関の医学部に合格したY君、T君がちょうどやってきたので、
直接報告を聞くことができた。

両君は今年の ‘大成長株’ である。その成長の意味は、
「各人の出身高校は、毎年の東大・医学部合格者は0 or 1名」という
一応の「進学校」であり、そこからの逆転合格であるからである。

「ここであなたも逆転合格!!」というTOPのフレーズはダテではない。

その高校の先生方にはこの事態は想定外のまた外なのであろうが、
高校にとってはこの進学実績は、まさにタナボタもの。
「高校に報告にいったら、知らない先生からも握手されました……」と。
先生にしてみれば、
「ウチから医学部なんて無謀だからやめなさい。
 君は医学部の難しさを知らないんだよ。国立?とんでもない、
 二浪しても無理!!……と昨年断言したが、一浪で国立合格??
 ……まあ、とにかくめでたい!!」というところであろうか。
この間に両君に何が起こったのかは、知る由もなかろう。


前回、前々回と書いたから具体的には繰り返さないが、
医学部は私立も国立も半端なく難関になった。
しっかりとした、本物の学力がないとひっかかりもしない時代になった。

こういう時代の中で、GHSを嗅ぎ分け、ここに辿り着いた、この二人の強運と、
こんな二人に出会い「無謀な」夢を、叶えてやれた我々の幸運を歓びたい。

もっとも、GHSにくれば誰でも奇跡がおこる、
などという誇大宣伝をしたいのではない。
むしろ、メインのテーマは、同じようにGHSで授業を受け、
同じように指導されても、「成長株」になれなかった人もいるということ、
その分かれ目は何なのか、
それを二人の一年を振り返って、考えてみたい。

やる気の内実
HPのQ&Aにもあるとおり、GHSは「やる気にさせる予備校」ではない。
元々、たいしたやる気も覚悟もない者が、こんなに難しい医学部なんて
いけるはずがない。問題外である。
それこそ、何年かかっても無理なのでハナからやめておきなさい。
親の方がやる気満々でも、本人がそうでもなければムリ。
むしろ、「この子にまかせてます」という親でありたい。

GHSは、やる気があるのに、指導者に恵まれず、
低迷し、道を求めている人を引き上げる予備校である。

だが、問題はその「やる気」の違いである。
この時期、誰もがやる気である。
「あと一年ある、頑張るぞー!!」と誰でも思う。
そして、スタードダッシュの勉強の毎日。
そこまでは誰もが一線。
「今年度の生徒はみな頑張っているね」と。

だが、これは残念ながら「やる気」ではない。
指導をはじめて、三ヶ月も経つと、各科目もある程度進度がでて、
高校一二年生レベルの復習は終わり、知識も膨大になりかける。
このときに、最初の試練が訪れる。
人間関係がどうだとか、体調がどうだとか、通学がどうだとか……
大きな目的を達成するのにどうでもいい理由をつけ始めたら黄信号である。
やる気とは、そんな些事に見向きもしないで前進する姿に宿る。

そんなとき、頑張り続ける意志を「やる気」という。
やる気は、行動と事実で示すものであり、
「やる気があります」と宣言することではない。

この二人は、寡黙ながらも、その「やる気」を行動で示しつづけた。
健康管理・時間管理をしっかりして、授業に出つづけて、
いつまでにこれをやれ、といったことを言った通りやる。
その意志の持続をこそ「やる気」というのだ。

そうすると、「体系的な頭の働き」という救いの手が差し伸べられる。
膨大に見える知識でも、それをしっかりと頭に入れるための
GHSの「魔法の杖」だ。
「要するに化学計算なんて、みな同じじゃないか、
 そうか、やっぱり一つがすべてってことなんだ!!」と。

こんな本物のやる気を支えるものは、一人一人違うもの。
なんでもいい。
生まれながらに背負ってしまったものを払拭するためでもよい。
亡くなった者の夢を自分が叶えるためでもよい。
自分を見限った担任を見返してやりたいという執念でもよい。
・・・・・・・
いずれにしても、自らの運命を切り開くにたる、
重い扉をこじ開けようとする「諦めない心」を支えてくれる核となる。

ただ、やる気は他から与えてもらうものではない。
サボるときもそれが口実になるのだから。

でも残念ながら、何年も新年度生を見続けていても、
その「やる気」がこの時点で本物かの判断はなかなか当たらない。
秘めた闘志や、ここぞというときの粘りづよさは見えにくいもの。
三ヶ月たってようやく見えてくる。
半年もたてば、GHSのメソッドが効いてきたことがわかる。
そこから、文字通り脇目もふらず、毎日自習室で、自分と戦った
二人のやる気をみていると、当然の結果であると思う。

そんな二人に、とにかく、オメデトウ。
posted by Koujin Amano at 15:39| GHS卒生

2014年05月05日

[68] 想い出の記 / 飯塚 統君のこと

読者倶楽部ではおなじみの・・・
 今春、晴れて九州大学・医学部に進学した、EZ君のことを記しておこうと思う。
読者倶楽部の掲示板の書き込みで、私に代わって随所で活躍してくれてきたEZ君もようやく、
実名で紹介できる段となった。あわせて、今年度からの『大学への数学』に掲載されるGHSの広告にも
実名で体験記を寄せてくれているので、一読されるとよいと思う。
 彼は現時点で「最強の読者受験生」の称号を与えてよい実力の持ち主である。
かつて、ここで初代「最強の読者受験生」として石埜君を紹介したが、後で述べるごとくに、
それを越える域に達したということである。というのは、石埜君は社会人からの再受験者であり、
体系化学のみの受講であったが、飯塚君は、高校生の3年からGHSにて化学と物理の授業を受けた。
体系化学がでて3年目である。彼は元々、受験とは程遠い競技の世界の住人であったが、
とにかく一念発起しての国立医学部狙いであったから、漢文の授業までもまともに受けた。
つまり、私との接点はGHS生としてはMax & Fullなのである。

幸せの受験生ないしは受験貴族 
もうカウントするのはやめたのだが、彼は結局高校3年分+αの受験期間をもったことになる。
それまで受験とは無縁の世界にいたのだから「自然なこと」だと私は思う。
しかし、それが「幸せの…」と形容したくなるのは、これ以上ない受験勉強ができたからである。
 いずれ詳しくは本人がどこかで語ることになるであろうが、まっさら状態の学び始めに
「体系化学」と「体系物理」の授業をフルに受講し、漢文もふくめて、その他の科目とともに
体系的な思考訓練をGHSで十分に受けての浪人生活のスタートであった。
 そして免許皆伝、そこからの「浪人」は「他流試合」「武者修行」の旅のはじまりである。
先日、彼自身が書いた「物理の勉強の軌跡」というのを読んだが、世の中にありとある問題集を
やり尽くしたというだけでなく、何度も繰り返す時間をもてたのであり、
すべてを体系化学・体系物理の視点から捉え返す、まさに貴族的なスコレーを過ごせたのである。
 だから、見かけはたしかに「多浪」かもしれないが、毎年のように発展しつづけ、
もはややることはない、というところまで物理と化学を極めての、満を持しての医学部進学である。
 スタートに恵まれず遠回りばかりしてきた我が人生に比すれば、
なんと幸せな時間をすごしたことか、と羨ましくさえある。
もちろん、体調を崩して入院したり、皮膚炎になったり、
あるいは、実力はあるのに結果がついてこない、などの様々な葛藤があったことを知っているから、
順風満帆の安楽な旅ではなかったことは付け加えておきたい。

今後は戦士としても
 ホントウはEZ君には首都圏の医学部にすすんでもらって、
GHSで私の「介護」を望みたいところであったが、人生の転変はいかんともしがたいところである。
とはいえ今後、『医大受験』や『漢文解析』HPなど
色々な場面で活躍してくれることになるだろう。
 なんとなれば、「体系化学アドバンス」という企画も、
『体系化学』を学びきってなお先を求める彼のために始めたことだったからであるし、
『漢文解析』の詳細目次や索引の作成、文章校正なども受験生の身ながら、
頼んだわけでもないが進んで自分の心の赴くままにやってくれたからである。
新天地にて、新たな地平を切り拓きつづけることを願うものである。
posted by Koujin Amano at 12:03 | TrackBack(0) | GHS卒生

2014年04月14日

[67] 柄にもなく

「文教講演」とな ?!? 
 先週の村田代表のブログに紹介されているが、
http://blog.ghs-yobikou.co.jp/index.php?blogid=3400&archive=2014-4-13
桜未だし四月の信州の、ある私立一貫校にて、ガラにもなく、
入学・進学式の「文教講演」なるものを300人もの父兄を前にやってきた。
「柄にもない」というのは、気が進まないということでもある。
といっても別に、人前でしゃべるのは苦でもなく、緊張するでもなく、
間持たせが苦手であるわけでもない。
ただ、自分のことを一切知らない不特定多数の人々に、たった60分で
私の中の何事かを伝えるのは至難の技と思うから、
どうにも気が進まなかったということである。
紆余曲折の己が半生を切り取って中途半端にしゃべれば、
かえって誤解や疑問の方が多くなってしまうものだ。しかも、あとで訂正は効かない。

 さらに困ったことに、私が『体系化学』の著者であるということはまったく知らない、
(信州では、思考訓練シリーズを扱う大きな本屋が、松本に一軒しかない・・・・)
もちろんGHSの存在も知らず、『医大受験』って何?という中で、
つまり、「なぜ私がこの場でしゃべる羽目になったか」から説かねばならないわけである。 

 長年GHSで授業をしているので、春のイントロからはじまり、授業1回ごとに、少しずつ
その何かを伝える。少なくとも数ヶ月の時間をかけないと伝わらないものがあるのだ。
そして、やがては加速度的に理解してもらうことには馴れている。
まして、GHSでは「私は何者か」については前提事項である。
この対極の事態である。
芸人やパフォーマーではないので、ワンステージごとが勝負!!というノリにはなれず、
難しいなーと、気はとても進まなかったのだが、如何せん、ウチの病院長の子弟二人が
通学する学校であり、親しき友人でもある院長から中学に推薦が入り、
それが高校に伝わり、教頭先生から直々に連絡をいただいたりすると、もう退路はない。
 一度も立ち入ったことのない高校なので、事前に訪問させてもらい、
打ち合わせがてら、校内を案内していただいたのだが、例年は、大手予備校や出版社など
教育系企業の情報担当者とか、教育心理の専門家などが講演しているという。

お題は自由……?!
 県内では医師の子弟も多く集まる進学校ではあるが、
なんといっても当日は、晴れの日であり、慶びの日である。さすがに「浪人のススメ」を
正面切って説くわけにもいかず、村田代表ともよくよく話し合って内容を詰めた。

1時間にわたる内容をここで紹介するわけにはいかないが、テーマは
            「将来から見据えた高校生活を」
とした。気づいただろうか?誤植ではない。正しい日本語は「将来を見据えた」である。
読者であれば、そこからある程度のことを想像していただけるであろう。

 もちろん、「退屈させない」「楽しんでもらう」という点は、生徒達でも親御さん達でも、
根は同じである。私にも、中二になる息子がいるが、親御さん達も教員も半分位は
同年代か、若干若い層である。であれば、時代の空気を共有しているのだから、
普通は授業では封印せざるを得ない懐かしいネタも取り混ぜてよい、という点はちょっと
いや、なかなか乗り気にさせてくれた。

 講演会といえば、プロジェクターとスライドがつきものである。私も医者の端くれであり、
Power Pointを使ってのプレゼンなどは学会でも薬剤説明会でも当たり前の世界である。
そこでスライドを20枚ばかり作って、それをネタにいろいろな話題と視点をまぜつつ、
遊び心満載での、まじめな教育談義となった。

 あとでわかったことだが、生徒と教室にもどったのは一年生の担任のみで、
それ以外の教師のほとんどはその場にいたということである。父兄とともに、
何気に教師の間で好評であったらしく・・・まあ、経歴とか職業とか聞くと、
どんなマジメな堅い話をするのかと思っていたところのギャップがよかったのだろう・・・
教頭先生からは、社交辞令的感謝とどまらない生の感想とともに、
今度は、是非生徒自身にも!という内容のメールが来た。

 しかし、やはり生徒を前にするのならば、講演形式はご免蒙りたい。
かといって、授業をする時間的余裕などは到底ないのであるが・・・・さて。


posted by Koujin Amano at 21:02| GHS卒生